偽りのツバサ | ナノ
もしかして:妙なフラグ

「いや、あんときの小狼にだったら俺が蹴られても良かった」
「なら今すぐ蹴られて死んでこい」
 
 連れられた(追い掛けた)少女の家に着いた途端、いきなりぶっ飛んだことを言い出す瑠依。
 どうやら今まで言いたかったのを(なぜか)こらえていたらしく、真顔で爆弾発言をかます彼に、黒鋼が最早慣れきったツッコミを返した。

「……おまえ達、言う事はないか?」
「え?」

 気付けば全く見知らぬ市場で、気付けば小狼が飛び蹴りを繰り出し、気付けばやっぱり見知らぬ少女に家へと拉致される始末。
 そしてさらには、その当の少女にずいっと迫られ、小狼は困り果てた顔で後ずさりを始めていたのだが――。

「ハイ、俺言う事ある」
「え?」「おい」「え?」

 ひょい、と手を上げた瑠依へ、途端に集まる5人(と1匹)の視線。
 何やら嫌な予感しかしない瑠依の言動に、黒鋼とファイは同時にスッとその手を伸ばす。が、それより早く、目を輝かせた少女がずずっと前に進み出た。

「本当か?!なんだ?!」
「うん、君って可愛いなあ、と」
「…………ハ?」
「俺年下にはそんなに興味ないけど、君なら絶対将来有望、美人になること間違いナシぐへぇっ」
「はーい瑠依君強制退出ねー」

 べらべら動いていた瑠依の口が、「ほがもがっ」と抑え役2人によって強制的に閉ざされる。
 「やっぱアホだな、てめぇは」と瑠依の口を塞ぐ黒鋼の反対、暴れないようにと肩を押さえ込んだファイが、「瑠依君って本当ソレしか頭にないよね」とニッコリ笑顔で毒を吐いた。

「な、な、な……!」
「えーとゴメン、……何ちゃんかわかんないんだけど、この子ちょーっと頭が可哀想なだけだから、今の事全部忘れてくれる?」
「むぐ、むむ、何が可哀想だ!ホントのことだろ、めちゃくちゃ可愛くて俺のマジかわ部門ベスト5には――」
「っからてめぇは黙ってろッ!!」


***




 なんとか仕切り直して、数分後。

「……結局お前たちは、暗行御吏(アメンオサ)じゃないんだな」
「あめんおさ?」
「ああ。この国の政府が放った隠密だ」
「っぷはっ、黒、もう口離せっての!」
「ダメだよー、瑠依君は当分黙っててねー」
「ファイがいよいよ俺にひどい」
「……話を進めるが」

 後ろで余計な野次が飛び交う中、少女は再び口を開く。

「アメンオサというのは、それぞれの地域を治めている領主達が私利私欲に溺れていないか、圧政を強いていないか、監視する役目を負って諸国を旅している人間の事だ」

「水戸黄門だー!!」
「ミト・コウモ?!誰その美人?!」
「てめぇの思考回路はどうなってんだよ?!」

 「「みと??」」と揃って首を傾げる小狼&サクラの横、黒鋼の手から逃れた瑠依が瞬時に目を煌めかせる。
 一方、少女の言葉に嬉しそうな声をあげたモコナは、「水戸黄門っていうのは人の名前じゃなくてー」と、瑠依に正しい知識を与えようと試みていた。

「さっきから思ってたんだけど、なんだそれは?!」
「まあマスコットだと思ってー。もしくは、アイドル?」

 飛び回るモコナに、当惑の視線を送る少女。
 それに、いち早くファイがへらりと笑顔で答える。

「そうそう!俺のアイドル、モコナ!!」
 ってわけでよろしく、とモコナを右手に乗せた瑠依が、すっと左手を前に差し出す。
 突然目の前に手の平を差し出された少女は、ぽかんとした顔で瑠依を見上げた。

「俺は瑠依。どーぞよろしく、ええっと……何サン、かな」

 さっきはごめんね、でも将来有望って言ったのは本気と書いてマジだから、とまたも余計な事を付け加え、瑠依はにっこり笑みを深める。
 一方、ぽかんとしていた少女は、数回瞬きをして瑠依の顔を見つめ返し、

 次の瞬間、おもむろにぼぼっと頬を赤く染めた。

「……春香。春香(チユニヤン)だ」
「おっけ、春香ちゃんね。ちゃん付けでいい?」
「……勝手にしろ」
「ありがとー、あ、俺呼び捨てでいいよ?」

((……なぜか会話が成り立ってる))
 見守っていたファイと横目で見ていた黒鋼は、予想外の展開に内心驚きを隠せない。
 もちろん、瑠依本人にとってはかなり失礼な驚きである。

「……ていうか、春香ちゃんのあの反応――」
「ガキ、自分の顔と言葉の破壊力に気が付いてねぇんじゃねえか」

 次に小狼、サクラと自己紹介が進んでいく中、こそっとファイが小さく囁く。
 マガニャンを読みふけりながら、黒鋼も短く言葉を返した。

 赤い顔で目を逸らす春香、露骨に顔を背けられ「?」と首を傾ける瑠依。
 これまた目をぱちくりさせる小狼に眠たげなサクラと、手狭な部屋に妙な空気が流れた、

 そこへ――。



「――ッ!」

 パッと顔を上げた瑠依の頭上、
 突然、風が吹き荒れる音とともに、



「っ、外に出ちゃダメだ!!」



 春香の悲痛な叫びと、強烈な轟音が家中に響いた。


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