かすかな影
「……ほう、黒鋼に憑いとる巧断が、そいつをぽーんと倒したんやな!」
「そう!俺あの巧断にまじ惚れそうだった!危なかった!」
「そうかそうか、そりゃかなりの大物やな!」
「微妙に会話噛み合ってねえぞ」
じとりと黒鋼が目をやるが、当の本人たちは至って気にしてなさそうだ。
その後ろ、ファイとモコナはにこにこと笑みを浮かべ、嵐が真顔で正座している。
ちなみに小狼も行儀よく正座していた。
トサカ男の巧断に襲われたのを黒鋼があっさりと一蹴、
瑠依たちはいったん正義と別れ、空汰の家へと戻ってきていた。
「……羽根の波動を感知していたのにわからなくなった、と言っていましたね」
話が落ち着いてきたところで、嵐が静かに口を開いた。
「現れたり消えたりするものに、取り込まれているのでは?」
静かな問いかけに、小狼がハッと息を呑む。
「巧断、ですか?!」
「確かに巧断なら出たり消えたりするからー」
「巧断が消えれば波動も消えるな」
「つまりサクラちゃんの羽根は、巧断の中にあるってことでおけ?」
ファイと黒鋼の言葉を、瑠依が指を立ててまとめる。
記憶の羽根はとても強い心の結晶のようなもの、だから強い巧断に憑いているに違いないという嵐の言葉を背に、ふらりと瑠依は立ち上がった。
「瑠依君?」
目ざとくファイが振り返る。
だが瑠依は軽く手を振り、ふすまに手をかけた。
「ごめん、ちょっとイケメン見すぎて脳がヒートアップしてるっぽい。俺先に寝かせてもらっていい?」
「馬鹿か」
「黒がなんと言おうと俺は休ませてもらうもんね!寂しくて泣くなよ黒!」
「誰がだ!!」
食ってかかった黒鋼の前、緩慢な仕草で閉められるふすま。
その隙間から見えた顔に、ファイと黒鋼が同時に眉をひそめた。
彼にしてはやや強引な切り上げ方、そしてその顔に僅かに覗く――
「……疲労……?」
***
「……っ、ちっくしょ」
汚い言葉がするりと口からこぼれ落ちる。
瑠依はひとつ舌打ちをし、己の胸に右手を当てた。
「はあ、はっ……この俺が、息切れとか……」
大問題だろ。口元が歪む。
「っ……ぐっ」
ずきりと鋭く心臓が痛み、瑠依はぎゅっと目をつぶった。
服ごと胸元を強く握りこみ、ぎりぎりと歯ぎしりをする。
だが、息が詰まるような痛みはなかなか収まってはくれなかった。
「……ふざっけんなよ、飛王……」
薄暗い畳部屋の隅、
壁に額をつけ瑠依は苛立だしげに低く呻く。
「何しやがった、俺の躰に……」