偽りのツバサ | ナノ
お好み焼きと巧断とチームと、やっぱりお好み焼き

 現在、瑠依達は不思議な空間にいた。


「……これって……」
「あ、僕、ここのお好み焼きが1番好きだから……だ、だめでしたでしょうか?」
「『おこのみやき』っていうんだこれー」
「え?お好み焼きはこの国の主食だし、知らないってことは……」
「俺たち旅行者なんだよねー」

 きょとん、と首を傾けた相手に、瑠依はへら、と笑ってみせた。

「……あ、そうだったんですね!」
 なるほどだから、と納得顔になった少年に、良かった素直な子で、と瑠依は口には出さずに呟いた。


***




 瑠依と小狼の間にはさまれちょこんと座る、このいかにも純朴そうな彼の名は斉藤正義、というらしい。
 小狼と自分がとっさに庇ったこの少年は、お礼にご飯をおごらせてくださいと頼み込んできたのだ。
 恐縮する小狼の前、
 しかし「ごはん」というワードに瑠依とモコナが大人しくしているわけもなく――。


「……やっば。もう食べたい」
「ま、まだ待った方が良いと思います……生焼けですよ?」
「俺の腹はなんでもかまわないって言ってる」
「いいから落ち着け」
 びしっ。
「あいだっ」
「いつもあの人たちはあそこで暴れたりするのー?」
 生地に手を伸ばしかける瑠依と手加減ナシに頭をはたく黒鋼、そんな真横のやり取りをきれいにスルーし、ファイはにこにこと正義に尋ねる。

「はい……あれはなわばり争いなんです。チームを組んで、自分の巧断の強さを競っていて…」
「で、強い方が場所の権利を取る、と」

 なーるーと頷くファイの向かい、小狼が眉をひそめて口を開いた。

「でも、あんな人の多い場所で戦ったら他の方に迷惑が……」
「あ、あれは僕がどんくさいからで……」

 あわあわと正義が首を横に振る。

「それに、良いチームと悪いチームとあるんです」
「良いのと悪いのー?」
「はい!」

 きょと、と目を上げた瑠依に、きらきらとした瞳で力強く頷く正義。

「自分のナワバリで不良とかが暴れないように見守ってくれたり、悪いことするやつらがいたらやっつけてくれたり……」
「自警団みたいなものなんですね」
「さっきのチームはどうなのかなあ」

 驚いた顔をする小狼と首をかしげるファイに、正義はさらに目を輝かせた。

「帽子をかぶっていた方は悪いチームなんです!で、でもゴーグルかけてたほうは違うんです!他のチームとのバトルの時、ちょっと建物壊れたりするんで大人の人は怒るけど、でも、それ以外のことは絶対にしないし、すごくカッコいいんです!特にあのリーダーの笙悟さんの巧断は特級で、強くて大きくてみんな憧れで……!」

 そこではっ、と正義の動きが停止する。
 にこにこと見上げるファイ、小狼の視線を受け、
 彼はやっと自分が立ち上がるほど意気込んで説明していたのに気が付いたらしい。

「す、すみません……」
「憧れの人なんだねえ」
「この生地、もう焼けてるくね?」
「瑠依くんちょっとは話聞こっかー」

 もうほんとに、と苦笑するファイの斜め前、じーっと天板を見つめる瑠依は、どうやら随分前から話を聞いていなかったようだ。
 お好み焼きに注ぐ視線の熱さは、同じく天板を凝視する黒鋼と良い勝負である。

「……でも、小狼君と瑠依君にも憧れます」
「え?」
「え、何もう食べていいって?」
「いい加減ちゃんと聞いてあげようねー瑠依君」
「あだあっ」

 唐突な正義の発言に驚いた顔をする小狼とは真逆に、鉄板(の上の生地)を見つめて顔を輝かせる瑠依。
 正義がかわいそうになるほど話を聞いていない彼に、にこにことしたままファイは髪をひとふさ引っ張った。

「あだだだだ!ぬ、抜ける!ファイ髪の毛抜ける!」
「え、えとその……特級の巧断が憑いてるなんて、すごいことだから」

 横で頭を押さえる瑠依に、おどおどしながらも答える正義。

「へえー、ふむむ」
「それ何なんですか?」
「巧断の『等級』です」

 頷きながらも瑠依の髪の毛を引っ張るファイ、そして小首をかしげる小狼。
 一方、髪を引っ張られ続けている瑠依は「い、痛い!ファイってドS?美形でドSって、っていたたたた!」と1人騒がしい茶番を繰り広げていた。

「四級が1番下で、1番上が特級なんです。ずっと昔に廃止された制度なんですけど、一般の人達は今も使ってます」
「じゃあ、あのリーダーの巧断ってすごいんだー」

 ここでやっと瑠依の髪から手を放したファイがへらりと笑う。
 「はい」と力強く頷いた正義の横、「くっそう美形ゆえに腹も立たない……」と涙目で睨み上げる瑠依。
 華麗にスルーされているあたり、順応力が高いのかどうなのか、正義もこの奇妙な一向に随分慣れてきたようである。

「……小狼君や瑠依君もそうです。強い巧断は、本当に心の強いひとにしか憑かないから」
「「え?」」
 正義の発言に、小狼は目を見開き、いまだ頭を抱えていた瑠依は顔を上げた。


「巧断は自分の心で操るもの……強い巧断を自由自在に扱えるのは強い証拠だから……憧れます」


(……へーえ)
 内心で呟き、瑠依は鉄板へと目を落とす。

『……その身を滅ぼす覚悟、気に入った』

 あれはつまり、そういうことだったのか。
 自分がどうかは別として、小狼なら頷ける。その心の強さはピカイチだろう。
(……うーん、俺はどっちかっていうと……)

 強いというより、自棄(やけ)と言えばいいのか。

 どことなくぼんやりと遠い目をする瑠依に、ただ1人ファイが鋭い目を向けたが、その場の誰も気が付くことはなかった。

 ふわりふわりと珍しく安定しない思考をさまよわせ、瑠依が小さく息を吐き出した、そこへ。


「待ったー!!!」
 

 突如、空気をびりびりと震わす大声が響いた。


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