夢の世界に溺れる | ナノ
転がり落ちる予感
「やったなドロシー!クジラの中に入れられた時はヒヤヒヤしたぜ!!」
「あらギンタン心配してくれてたのー?ありがとーっ、うーん、チュッ!」

 隙を逃さずギンタの頬にキスを送るドロシー。さすがは魔女だ。
 
「姫、お気を確かに」
「……それエドの真似だよね、シー」
「や、ここにエドワードいないから俺が代わりを務めようかと」
「そっか、ありがとう」

 ニコニコしているわりに目がちっとも笑っていないスノウ姫。女子って怖い。

「……どうせなら、違うところを真似してくれればいいのに」
「?ちがう?」
 真顔で葉巻吸ってるおっさんの真似とか?誰得だ。
「……とうへんぼく」
「えっ?!」

 世界を統べるお姫様からすんごい罵倒を喰らいました。

「……スノウ。そいつにソレを求めるのは酷だ。やめてやれ」
「何の話」
 横槍入れてきたおっさんの発言が代名詞だらけで何もわからない。
 いろいろ助けを求めて横を向けば、相変わらずイチャイチャちゅっちゅ(死語)を繰り広げるギンタとドロシー。いや、ギンタが真顔なのは多分目の錯覚だ。
「……あー……」
 そういうことか。ちょっとわかった。
「スノウ姫」
「ん、な――」

 に、と言いかけた彼女の頬に、軽く口付ける。

「……え、え、ええっ?!」
「ほーらギンタ、あんまよそ見ばっかしてんと俺が姫様奪っちゃうよー?」
「すげぇ棒読み」
「野暮なおっさんは頼むから黙って葉巻吸ってろ」
 人がせっかく良い青春劇場しようとしてんのに。
「……ヘ?」
「ちょ、えっ、シー!」
「いやいやちょっとゴメンねスノウ姫。無礼を働いたのは千万承知、あとで凍らすなんなりしてくれればいいから」
「え、……ええっ?!」
「あ、大丈夫、俺キューピット役はやったことないけど憎まれ役なら慣れてるし――」
「ち、違う!絶対シー、何か勘違いしてる!」
「え、勘違い?」

 ポカンとこちらを見つめるギンタ、その首に抱き着いてこちらをニヤニヤ眺めるドロシー、そして俺の横(肩を引き寄せた)で顔中真っ赤にして叫ぶスノウ姫を見て、俺はどうやら、何か間違えたらしいことに気が付いた。え?

「……へ、俺てっきり、よく小説である『気になるあの娘に恋敵?!ライバル出現に急速する恋心〜アイツにだけは渡さねぇ!〜』みたいなシーンを要求されてるのかと思ったんだけど……」
「違う!全然違うし何それ?!めちゃくちゃ題名長いんだけど?!」
「苦労するわね〜、スノウも」

「……アルヴィス、そのオーラをぶつけるならオレじゃなくて激鈍なあっちにしろ」
「何の話かわかりかねます、アランさん」

△▼



 そんな茶番は一旦置いといて。

「……あと2人、か」
「1人少なくね?」
「今更感すごいぞギンタ」

 気が付くのが遅すぎる。
 俺はバカでかいキノコの向こうへ目をやった。佇むチェスは、2人。

「また最後に出てくるとかじゃねえの?」
「にしちゃあ何の通達も無いな」

 じろり(というよりぎろり)、おっさんがポスンを見る。だがビクッと身をすくめたポズンはあらぬ方向へと目をやっただけで、これ以上無いほど首を真反対に向けた。なるほど、黙秘か。

「……1人が2回出るのかな?」
「まさか。チェスの兵隊が人員不足?」

 笑えなさすぎる。それこそ茶番だ。
 俺の横、無言を貫くアルヴィスは身動きしない。ただチェスの方、つまり前だけを見て微妙な距離をキープしている。言葉にするならほんの2,3歩、しかし確実な空白を。

 俺は口角を上げて頬をかいた。ほんと、笑えない。

「……とりあえず、ギンタはイアンと当たるんだろ?なら――」
「次、私が行く!」

 すんごい良い声と伸びた腕に遮られた。アレこれデジャヴ?

△▼



「……ダメだ」
「?ギンタ?」
「……シー」

 軽やかに飛び降りるスノウ姫を見届けて、ギンタがぽつりと漏らす。
 振り返ったその顔を見て、俺は思わず瞬きをした。

「……ギンタ?」
「……いや、……ううん、ダメだ、シー……行くな」
 ギンタが、突然腕を伸ばした。驚く俺の前で、ギンタはぎゅうっと強く掴む。
 息を呑む、俺の手首を。

「ギ、ンタ?」
「ダメだ、シー……」

 金色の瞳は、俺を映してひどく揺れていた。


「……イヤな予感がする」


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