夢の世界に溺れる | ナノ
ここらで少し、お別れを
「っ、あ……ッ?!っ、な、ん、ッ、……!」

 視界が揺れる。何も見えなくなる。
 息が吐けない。貫く激痛。皮膚が焼き焦げるような感覚がした。
 目が、頭が、全身がくらりと回る。歪む。痛い。
 喘いだ瞬間、嫌な予感に手先が震えた。ほぼ無意識に、体をひねる。

 ズン、
「……嘘、避ける、だなんて」

 すぐ脇、砂地に重たい何かが突き刺さる音がして、遠くぽつりと呟く気配がした。
 首を押さえ、俺はなんとか膝を付く。だが、どくり、脈打つと同時、視界が白く眩く散った。

「っ、ぅ……!な、ッ、」
「あたしの……、言ったで……?本物そっくりの『人形』を、作る、……。今の君みたいに、……『動く偽物』を、……じゃなく、『動かない本物』を、……。」

 何か、言っているのはわかった。だが正直、少しも頭に入らない。
 久々に味わう地獄だった。タトゥが入れられてから、初めて皮膚を侵食する呪いの痛みを感じた時のような、未知の激痛。
 何も考えられない。ぜんぶ真っ白になる。

「この前、君に……の子は、私の、……『人形』」
「なっ、」「なら、あの時の子は、」

 再び、紡がれる声。少女の台詞に、なぜかナナシとアルヴィスが反応する気配がした。
 俺はというと、砂地に倒れ込んだまま、ただ喉元を握り潰すほかない。
 冷たいチョーカーの感覚が、全身を疼かせる。喘ぐ。

「あの人が、……タ様が、…『人形』に力を、…」

 なんだ?何を言っている?
 俺は必死に頭をもたげた。引き攣った唇から、信じられないほど掠れた呼吸音が零れる。


「ペタ様が、力を与えた『人形』が、君に呪いの花を、アームを……与えたの」


 目を見開く。
 頭上、俺を見下ろしメイスを携える少女の目に、妖しく煌めくあの参謀の瞳が重なった。


『……これ、あげます……!』
 差し出された花。赤と白。
 その奥、俺を奇妙なほど惹きつけた、あの真紅の蕾。

 まさか。
 まさか、あれが。


「……はっ、く、っそ……ッ!」
「ダークネスアーム……アドリアの徒花。効果は、"指定したダークネスアームの力を強化させる"」
「あっ、そ……っ、ど、も……ぐッ、」

 嘘だ。そんなまさか。
 グラグラする。やばい。信じ難いし、認めたくなかった。
 あの時花を差し出してくれた、あの女の子がただの人形だった、なんて。しかも、首元に差したこの花こそが、俺の――俺の生命を、文字通り削っていた、とか。

「……っくしょ、わ、らえね……っ、ぁ」
「花を授けてから、早数日……君の体は、すでに少しずつ、蝕まれ、壊されつつある」

 知るか、ふざけんな。
 ギリッと歯を食い縛る。ぎゅっときつく、強く両手を握りしめた。
 知るか、知るかよ。ふざけんな。
 どいつもこいつも、余計な真似ばっかり、

「大人しくしてて。あと少しすれば、君の体は完全に堕ちる。ゾンビタトゥが廻りきって、」
「ふざけるな!!」

 ふざけんな。
 言おうと口を開いて、俺は固まる。ずきずきと疼く痛みをこらえて、目だけ動かした。


 はあはあと、肩で息をする姿。
 瞳に刺すような光を浮かべ、殺意に満ちた表情で。

 アルヴィスが、信じられないほど怒った顔をしてー―こちらを見つめ、立っていた。


「……ア、ル……」
「ふざけるな!すぐにアームの発動を止めろ!」
「待ってやアルちゃん、気持ちはわかるけど今手ぇ出したら失格、」「知るかそんなの!」

 喉を押さえ込み、俺は咳込んだ。断続的な痛みが、ゆっくり収まっていく。
 少女――リテューは、足元で倒れこんでいる俺の方を見ていない。遠くで怒号をあげる、アルヴィスに気を取られている。

 ――アルヴィス。

 少しでも集中力が途切れれば、すぐさま意識が飛びそうなほどの激痛が襲ってくる。
 俺は息を吐いて、吸って、それから両足にぐっと力を込めた。
 さっすが参謀のダークネスアーム、効果は半端じゃない。皮膚を切り裂き侵すタトゥの感触は、俺の喉元までせり上がってきつつあった。

「放せナナシ!シー!!」
「シー!」

 今まで聞いたことのない、っていうか初めて聞くアルヴィスの声。ギンタの絶叫も、それに混じって聞こえてくる。
 オッケーオッケー、上等だ。俺は1秒、目を閉じて、それからゆっくり立ち上がった。

 困ったもんだな、アル。
 何があっても、やっぱりお前に俺は救われてしまうんだから。


 目を開け、リテューの肩越し、こちらを見る青い瞳と目を合わせる。
 大きく見開かれたアルヴィスの目に、俺はにっと笑ってみせた。
 喉が震える。つう、と額から落ちた冷たい汗に、俺は強く拳を握った。

 このアームの効力から、逃れる方法はない。
 なぜなら俺は碌なホーリーアームを持ってないし、今まで必要としてこなかった。
 だって、俺には、

 ――この、強烈で最悪な、魔力っていう力があるから。


「……アルヴィス、」

 以前までの俺だったら、きっとやろうとは思わなかった。

「皆も、信じてる、からさあ、」

 でも、今は違う。
 少しだけ、変わったから。俺は。

「あとのこと、」

 はっとしたように、リテューが振り返る。
 青い瞳が、アルヴィスの唇が、動いた。


「……よろしくぅ」


 ――シー。
 最後に紡がれたその名前に、俺は微かに笑って、それから、



 一気に、魔力を練り上げた。


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