最悪な戦前笑劇
このまんま気持ちよくアンダータさせてくれよ、って思ったのは多分俺だけじゃないと思う。
「……ファントム……!」
「よくここまで来たね、君達。これからはもうルークも、ハンパなビショップも出さないよ」
ありがとうありがとう、ところでハンパ扱いかよ仮にも自分の部下を。と、俺がキッチリ内心突っ込んだところで(めんどくさくなるからさすがに口には出さない)、ファントムがニッコリ笑って指を差した。誰をって、そりゃ。
「ビショップの中でも、最も強い3人が存在するんだけど……そこの2人は、その3人の中の2人なのさ。ナイトに最も近い2人、ってトコだね」
アリガトウゴザイマスご親切にも、と俺が呟いた瞬間わき腹をつねられた。いや痛いってのアルヴィス。しょうがないじゃんつまんねえんだし。
「そして、ナイトが4人!全員ラプンツェルなんかより強いから、頑張ってね♪」
「……ウッワーラプンツェル超かわいそう」
「顔がとてつもなく悪意に満ちてるぞ、シー」
隣から呆れた声が聞こえたけど、無視無視。いやまあ、ラプンツェルに同情の余地はないしな。
そこまで思ったところで、ふっとファントムが視線をずらす。誰にって、そりゃ――
「……やあ、元気そうだね。シー」
まあ、来るとは思ってたよな。うん。
△▼
「……オカゲサマで超元気。どーも」
「うん、安心したよ。カルデアの長老も、それなりに頭が柔らかかったみたいだね」
「そこは俺も同感かな」
当たり前のように言葉を交わす俺とファントムに、周囲の民衆がざわめくけど一旦放置だ。どうせ無視したって話しかけてくるだろうしな、コイツ。
「……シー」
低く、険しい声でアルヴィスがきゅっと俺の袖を握る。えっ何アルヴィス、いや別に普通に嬉しいんだけど、俺。
「やっぱり、あの時連れ去ってしまえば良かったかな」
「……は?」
意味がわからないとか以前に、普通に鳥肌立った。
今、なんつった、こいつ?
「……まあいいや。それに君には、」
瞬間、赤い目が妖しく光る。
俺を、突き刺すように見据える瞳。
やばい、本能的にそう悟った。
思わず一歩、踵を引く。ゾクッと悪寒が走ると同時、強烈に嫌な予感。
そして、ほぼ同時に、
「っ、ぐッ……!あ、っ、ッ……?!」
「シー!」
がくん、膝からまともに落ちる。地面に片膝と片手を付いて、俺は首元をキツく掴んだ。
気を抜いたら速攻で溢れそうになる、苦痛の声をなんとか呑み込む。やばい、真面目にコレはキツい。
痛い、とかじゃない、コレは、なんていうか、もう、
「……はッ……ぁ、ぐ……っ」
「しっかりしろ、シー!」
「……そう、君には"枷"を嵌めてあるしね」
何が枷だ、殺すぞお前。
吐き捨ててやりたかったが、完全不本意ながら唇が動かない。
ギリギリと爪を食い込ませて、首のチョーカーごと強く絞める。ああまずいな、あの花が潰れてしまうかもしれない。せっかくもらったのに。
朦朧としながら地面に爪を突き立てる。首元、発火するかのごとく燃え上がるアームから、断続的に送られる激痛。全身が震えた。
「っ……ぁ、ッく……!、っ」
「シー!」「シーちゃん!」「てっめぇ、ふざけんなファントム!!」
はっ、はっ、と肩で息をする。遠くで、随分聞き慣れた声がいくつも聞こえた。
ナナシ、ジャック、スノウ……多分、叫んでいるのはギンタだろう。バカだな。
「シー……!」
がくがく震える体を押さえ込み、俺はなんとか顔を上げる。視界が滲み、ぼやける。
ああ、焦点が合ってないのか。くそ。
曖昧な視界と思考の中で、それでも俺は片腕を伸ばした。途端、ずきりと一際鋭い痛みが胸元に走って息が詰まる。伸ばした指先が、痙攣の直前みたく強張った。
「シー、しっかりしろ、意識は……」
ぐい、と胸元を引かれる感触で、俺はアルヴィスに抱えられていることに気が付いた。うわ嬉しい。ちょっと、いや半端じゃなく全身痛いのが辛いけど。
目を凝らす。
こちらを見下ろして笑う、白髪野郎に指先を向けた。
――デリッド!
一瞬、練り上げた魔力と同時に――指先のリングから、黒い波動が真っ直ぐに空を切り裂く。
それは、周囲の誰の目にも止まらない速さで突き進み、そして――
バシュッ!!
「……さすがだね、シー」
ぱたん、俺は腕を下ろす。
未だ肩で息をしながら、それでも体の痛みはすっかり消えていた。
「タトゥの痛みに耐えながら……ボクにこれほどの攻撃を仕掛けてくるだなんて」
心の奥底から、嬉しくって仕方ないと言わんばかりに微笑むファントムを見上げ、俺はアルヴィスに全身を預けたまま低く舌打ちした。
激痛から解放されたばかりの身体は怠く、大した威力にはならなかったが。
「殺すぞ」
あ、言えた。ちょっと嬉しいかも。
ついでに中指をピッと立てる。どうか周囲の良い子達が、将来真似したりしませんように。
「ふふ。……楽しみにしてるよ、シー」
本当に、死ね。
吐き捨て、首元を押さえていた片手を放す。
俺の首元、あの赤い花は、俺が握り潰すかのごとく押さえつけていたにも関わらず、未だその花の形を保っていた。