解き放たれる時
『……ねえアル』
『なんだ、シー』
青い瞳が俺を見る。困ったことにとても綺麗だ。
『人を呼んでおいて固まるな』
一瞬、見惚れた俺の頬を、途端に不機嫌顔になったアルヴィスがムギュッと引っ張る。相変わらず遠慮も加減もあったもんじゃない。
『ったた! ちょっ、待っ……この俺がわりと真面目な話をしようと思ってたのに!』
『自分でこのとか言うなお前は』
頬は離されたが、代わりのように呆れた視線が降ってくる。わお冷たい。
『いや、さ……ずっと疑問だったんだけど、なんでクロスガードの人は、俺をこんなにあっさり受け入れてくれんのかなあ、って』
『何をいまさらバカな事を』
フン、とアルヴィスが鼻を鳴らす。ちょ、美形だからって調子乗るなよ。そんな顔も綺麗だけどさ。
『どんな相手であれ、クロスガードは……ダンナさんは、必ず受け入れる』
『え……』
『お前が何者であろうと、何をしてきたのであろうと……ここに助けを求めて来たのなら、ダンナさんは、まずまちがいなく手を差し伸べるだろう』
『……お人好し、なんだな』
『そうか?』
青い瞳が、きらりと光る。
どこまでも綺麗だった。否、彼の目はいつだって綺麗なんだ。
勝手に、こちらが自分自身を卑下したくしたくなる程度には、そう。
『お前だって、……同じだろう?』
△▼
「……ファントムがいた」
「!」
「なっ……」
「ギンタ、君っ……ファントムとも戦っとったんかい?!」
ぼんやり、目を開ける。
数秒、揺らめく視界をぼうっと見つめて、焦点が合った。
「うん、負けちまった。オレは自分の力を過信してたよ」
「……全く、だよなあ。ほんと、無茶してくれるよ。ギンタ」
「! シー!!」
重たい頭を押さえ、いてててと声に出さずに呟きながら、起き上がった俺はうっすら笑う。
見ればあたりは見覚えのある柱に魔法陣、さっきまで俺がいた宮殿の最奥に違いない。
違うか。もっと正確に言うならば――さっきまで、俺が"捕らわれて"いた場所、か。
「目が覚めたのか……!」
「やっほーアルヴィス、相変わらず綺麗な目だな」
「寝起きからこうも殺意を湧かせられる人間は、シー、お前くらいなものだ」
「あは、ありがとう」
それ褒め言葉?とアルヴィスの神経を逆なでするような笑顔でニッコリ笑い、俺はゆっくり立ち上がる。
見れば傍らにホーリーアームを手にしたスノウ姫。うわ、ほんとに俺って彼女に迷惑しかかけないなあ。どうやってお返ししようか。
「申し訳ないお姫様。魔力は……っと、そんなに減ってないかな」
「シー、ほとんど怪我してなかったから……私が治す余地もなかったの。でも……」
「シティレイア」
なんとも心配そうな瞳でこちらを覗き込むスノウ姫、その背後に不意打ちで現れる爺さん、もとい長老。
片膝立ちになった俺の前、音もなく長老が距離を詰めてくる。スノウ姫が不安げに俺と爺さんを交互に見るけど、大丈夫だってお姫様。
例え何があろうとも、君達にはこれ以上迷惑かけないつもりだから、俺。
「何かなあ、爺さん」
「お主は先ほど、精神力だけでダークネスアームを突破してみせた。……それほど、想いが強かったということじゃ」
「……?」
話が見えない。なんだなんだ。
俺が眉をひそめて見上げれば、白ひげをたっぷりたくわえたその相手は、何とも奇妙な目つきで俺を見た。
なんていうか――愉快そうに?
は?この爺さんが?
「……年月というものは、人を変えるものじゃな」
「それは違うぜジーさんよ。こいつを変えたのは周りの奴らだ」
は、おっさんまでわけ知り顔で何言ってんの。
ぽっかーんとする俺を置き、長老は口元をわずかに上げる。――微笑み?
「そうか……そうじゃな。良い仲間に巡り会えたな、シティレイアよ」
「……え、いや、は?」
だから何言ってんだこの爺さんは。
わけがわからず頭上を仰ぐ俺の前で、長老はわかりにくいながらもゆっくり表情を動かしてみせた。明らかな、笑みの方向へと。
ダメだ。何が起こっているのか、俺には全く理解できない。我ながらなかなか激動の人生歩んできたとは思ってるんだけど、こんな事は人生初なんじゃないか。
「……どちらにせよ、このカルデアもチェスの兵隊の手に侵された以上、協力しないわけにはいかぬ」
「なんや、結局そこかいな」
呆れたように言ったナナシが、不意にぐいっと俺の肩を抱き引き寄せる。
「?!」と目を白黒させる俺の横、それはそれは良い笑顔でニッと歯を見せ、ナナシは軽く口笛を吹いた。は、何?
「……ナナシ。その手を放してもらおうか」
「アルちゃんも素直やあらへんなー」
「……大ジジ様」
唸るように言うアルヴィスの横、ドロシーが目を見張り小さく呟く。
俺は何が何だかさっぱりなまま、いつもなら嬉々として絡むアルヴィスの発言にも頭がついていかないまま終わっていった。
「……じーさんそれって……」
「もしやのもしや、っスか?!」
ギンタが目をぱちぱちさせる。なぜかジャックが顔を輝かせるのを呆然と見ながら、俺は腕をきゅっと掴まれた事に気が付いた。
半ば放心状態で見下ろす。ぴょこんと揺れるリボンの下、なぜか今にも泣きそうに目をきらきらさせたスノウ姫が、俺の袖を引っ張っていた。は、え?何?
「……シティレイア」
爺さんが、俺へと向き直る。
見上げた俺はさぞかし間抜けな顔をしていたに違いない。メルの全員の視線が集まる中、俺は驚くほどに事態を理解していなかったのだから。
「……お主を、ここから解放しよう」
――そう、まったくもって、何ひとつ。