心の奥底
「ボクの元に、おいでよ」
「……ふざけんな」
一拍、間を置いて、俺は答える。
それでも、確かに答えることができた。明確な――拒絶の言葉。
「……ふうん」
一瞬、意外そうに、あるいは怒ったように目を細めて――ファントムは、くっくっと笑う。
相変わらず、嫌味な笑い方だ。ワザとだろうか。
ウェポンアームを握る手に、力がこもる。
「……変わったね、シー」
「……。」
「以前のキミなら……きっと、もっと躊躇っただろうに」
でもね、シー。
あたりには、動かない幾人かのルーク、そして屍。
煙も、破壊の音も、全てが薄れていくその真ん中で――まるで世界に2人だけになったかのような、そこで。
ファントムは――俺によく似た相手は、囁くように、言う。言葉を、重ねる。
「……キミはそれでも、ボクを完全に拒めない。そうでしょ?」
「……は?何を、」
「僕が与えた呼称を未だ使っているところが、いい例だ。……ねえ、キミはボクに未練がある。間違ってるかなあ? シー」
「……その気持ち悪い言い方、やめてくれるかな」
「ボクは、知っているよ」
ファントムの目が、光る。赤い輝きを放つ。
手の内、構えたツインキラーがずるりと滑り落ちていく感覚に、俺は思わず歯噛みした。
なんとか、持ち直す。こめかみを汗がつたっていく。
「……キミはこの世界で1番、自分自身を嫌っている」
いつの間にか、指先が震えていた。
馬鹿な。なんでだ、意味がわからない。
ファントムと対峙した時から感じている、ゾンビタトゥの疼きとはまた別物だ。ー薄ら寒い。
まるで――全てを暴かれるような、そんな。
「キミは、だからボクやラプンツェルを嫌うんでしょう?」
ザクッ。
音が耳に届いて、それから数秒して、そこで俺はやっと、それが足音だったと気が付いた。
うっすら、笑みを浮かべたファントムが、こちらへ一歩、一歩と足を進めている。
アームも発動せずに、ただ俺の元へ。
「――キミは、ボクの中に自分の影を見ているから」
「……違う」
「だけれど、同時に惹かれている。大嫌いな自分と同じ、だからこそ自身を肯定してくれるような、ボクという存在に」
「ッ、違っ――」
甲高い、金属音。
思わず目を見開いた俺の頭上で、ツインキラーが弧を描く気配。
いつの間にか、目前に迫っていたファントムは――俺の空の手首を掴み、口角を上げた。
「……隙だらけ、だよ。シー」
視界の端――弾かれたツインキラーが、軽い音を立て地面に突き刺さる。
愕然としたまま、俺はただファントムの瞳を見つめていた。――今、何がどうなった?
確かに、ちょっと手元がおぼつかなかったかもしれない。突破したダークネスの余韻、そして徐々に増すゾンビタトゥの痛み。フラつく体。
でも――かといって、油断していたわけじゃない、はずだ。こうもあっさりと、接近され武器を弾かれて、そして――。
「……悲しいね。キミは」
呆然と、動けないままファントムの言葉を聞く。
赤い瞳の中に俺の顔が映るのを、まるで他人事のように感じていた。
「悲しく、愚かで――強い。6年前から、根本は何も変わらない。変わる事など、できない」
脳は状況を何ひとつ理解していないのに、降りかかる言葉だけは、まるで呪いみたいに俺の頭に刻み付けられていった。
呪い――そう、呪詛だ。縛り。
「……相変わらず、可愛いね。キミは」
次の瞬間、鼻先に迫った赤い瞳に、俺はただ目を見開いた。