過去の最果て、つまらない回想
「……そうして、シティレイアはアームの拘束を破り、カルデアきっての魔法使い達に多くの傷を負わせたのじゃ。死人も生じた」
「……シーが……そんな……」
全員の心境を代表するかのように、ギンタが声を震わせる。
他の者たちは無言で、背後の檻へと振り返った。
鳥籠の形を成すその牢の底――横たわりピクリともしない、少年の姿を。
「やっと二重の呪符で押さえ込んだ頃には、暴発した魔力の弾痕が、壁のあちこちに刻まれていたほど。……思えば、あの時さらにシティレイアの魔力の上昇をうながしてしまったのかもしれぬな」
暴発、という言葉にアランの眉がわずかに動く。
6年前、アルヴィスがタトゥを入れられた際のこと、いくばくか前の傷のついた修練の門を思い出し、なるほどな、と小さく呟いた。
「……シーは、そのあと……」
「うむ」
無表情のまま、カルデアの老主は淡々と言葉を紡ぐ。
「シティレイアは、6年前に脱獄した」
△▼
『――いい目をしている』
光る赤い目。
鉄格子の向こう、伸びた人影。
『……シティレイア、か。そうだね、シー、と呼んでもいいかな?』
短い呼称。
初めて俺を何も悪くないと言ってくれた、柔らかな声音。
『ねえ……ボクといっしょに、この愚かな世界を浄化しないかい? ……シー』
ただ、その最後の一言を聞いた瞬間、俺は、おそらく心のどこかで気が付いてしまったんだ。
――この人は、おれと同じだ。
△▼
『……そう、拒むんだね……残念だ』
音もなく背を向けたその声は、確かに心の底から惜しんでいるようだった。
『でも、キミの魔力なら……あと数年もすれば、この地下牢から抜け出せるほどに変貌を遂げそうだね』
抜け出す。
頭のどこかに、一瞬、白い光が瞬いた。
――ここから、出られる?
『……また、いつか、何処かで会ったら……その時こそ、こちらにおいで。シー』
キミは、ボクとよく似ているから。
そう言い残し去っていった背中。尾を引き消えていった光る白髪。
未だに俺を捕らえ、嫌悪させてやまず、そして、俺を惹き続けている人間。
だって、彼が言った言葉は、間違いなく真実だから。
△▼
もしあのままチェスの元へと行っていたなら、俺は一体どうなっていたんだろうと時々思う。
第2のファントムとなっていたのか、あるいはペタか。随分ファントムにご心酔のようだった、ロランみたいにはさすがになりはしないだろうけど。
そう、あのまま――カルデアから逃げ出した、あの時の俺そのままだったら。
『……はぁ、はあっ、はあ……』
荒い呼吸を繰り返し、どことも知れない林の中で足を止める。
カルデアの地下牢から抜け出し走り続けいくばくか、もう何時間経ったかも覚えていない。
見下ろせば、赤く濡れた両の手。
前を塞ぐ相手を何人薙ぎ、どれほどの傷を負わせたかなんて、考えたくもなかった。
考え始めてしまえば、その血の香りと濡れた感触に――仄かな歓びを覚えている、自分に気が付いてしまいそうで。
『……誰だ?』
『!』
はっと顔を上げる。
しまった。疲労が限界を超えているとはいえ、まさか人の気配を逃すとは。
『……? そこで、何をしているんだ?』
目を上げた先、木々の間、不思議そうな顔で現れたその少年の姿を――。
俺は、きっと一生忘れない。
△▼
ああ、嫌だな。なんで思い出してしまったんだろう。
どれもこれも、俺にとっては苦く痛い。正直、しんどい。
だってどれだけ忘れたくても、どれほど消したい記憶であっても、その全てが今の俺を形作っていることは、認めざるをえない事実だから。
ねえ、アル。
ギンタ、ジャック、スノウ、ドロシー、ナナシ、アラン、エド。ガイラ、ベル。
君達は、俺の過去を知ったら、俺の正体を知ったなら、
今の俺を、変わらず仲間と呼んでくれるだろうか。