シアワセ
「ってわけで勝った俺達にスノウ姫への道案内を!おらポズン任せた!」
「ひ、ひぃいいいー!!」
「……な、なんかシーめちゃくちゃ怖くね?」
「6thバトルから最終決戦、ろくに出番なかったんで荒れてるらしいッス」
背後から幼少年組のひそひそ声が聞こえたが気にしない。実際俺は残念無念で仕方ない、どうしてココ1番で1人監禁まがいの罰を受けなきゃならない。日頃の行いか?
目覚めた瞬間アルヴィスのどアップ(1番大切だから何度でも言う)、そしてギンタの抱きつきにナナシのどつき(本人曰く「ハグやっちゅうねん!」)、そんでもって他にもメルを始めとして民衆の歓声に迎え入れられた俺は、しかし非常に残念ながらよりによってレスターヴァ城にトンボ返りする羽目になっていた。……いやまあ仕方ないな、うん。
「……。」
なんだかんだ言いながらポズン強請り(一応脅してる自覚はある)に参加してるギンタを横目に、俺はそっと袖をまくった。多分――そう、意識を切り離してた俺を見てたメルのメンバーなら気が付いているだろうけど、俺の手の甲にはタトゥが無い。
妙な気分だった。なんていうか、案外どうでもいいかな、というか。
「……息、してない」
ふと気が付いた。俺、呼吸してない。
まじか、そういうオプションが付いてくるわけか。なら俺はこれから一体どうなるのだろう。とりあえず食物あたりの心配はしなくて良さそうだ。なんてサバイバルに強い身体。
真っ白な腕を見つめて、袖を下ろす。
ゾンビタトゥは、廻りきった。
ある意味、あの白髪男の願いは叶ったわけだ。なんでそこまで俺に執着するか、にはまあ、薄々気が付いてはいるけれど――『ボクと一緒になろうよ』っていうのが目的でチョーカーやら誘拐(?)やら図ったわけだし。
「……シー」
顔を上げる。
意気揚々、って言葉がぴったし合うメルメンバーの輪から1人外れて、こちらへ歩いてくる青い髪の少年。すげぇな、メルの奴らチェスのねぐら襲う気満々、って感じで話進めてるんだけど。
っていうか待て待て、なんか余計な爺さん混じってないかオイ。
「どした、アルヴィス」
「……気分は」
「え?『おめでとファントムさよなら俺』って感じかな」
「何を言っているんだお前は」
本気で困惑してますという顔でアルヴィスが眉を寄せる。俺は思わず笑っていた。
正しくは『おめでとファントムさよなら人間の俺』ってとこなんだけど。
「大丈夫だよ。特に異変は無い、……っていうか、よくわかんね」
少しだけ、嘘を付いた。
妙に低い体温も、響かない鼓動の音にも、気付かないふりを通して。
「……シー」
アルヴィスが、奇怪な顔付きで俺を見つめる。
本当に妙な表情だった。泣く、わけではない。ただ、なんていうか。
どこか痛むのを堪えているかのような。
(……ああ)
唐突に、後悔が来た。
青い瞳が俺を見据えている。綺麗な、青水晶のような目。
届かなくなった。もう、俺はこの目に永遠に手を伸ばす事は出来ない。
俺は、生ける屍となったのだから。
胸が痛い。
おかしい。痛むはずの器官は無いはずだ。ゾンビタトゥの仕組みはよくわからないけれど、俺は一旦「死んだ」事になるんだろう。それとも違うのか。
どっちにしろ、純粋な人間じゃないわけだ。だから、痛みを訴える内臓は無い。
無い、はずなんだ。
「……大丈夫だって、アルヴィス」
笑う。
人間でなくなった俺に、残された数少ない物のひとつ。
「何にしたって俺は、アルヴィスの事ちゃんと好きだからげふっ?!」
「すまない」
「えっ言葉と行動が何の一致もしてないんですが?!」
「6thバトルの話だ」
ぽかんと、アルヴィスを見つめる。
「……あ、ああ〜……。や、別に、」
「……後悔している」
え?
わけがわからず、俺はただアルヴィスを凝視する。
対する相手は、その口元を歪めてみせた。
自嘲、とまではいかない。ただ、どこか苦々しい笑みを。
は?アルヴィスが?
「……6年前、必ずお前のタトゥを消すと、誓ったのに」
「……え」
「結局、いつもお前はオレの先を、ひとりで行ってしまうんだな」
『……シー!どこへ行く気だ!』
『やだなあ、俺の事そんなに心配?大丈夫、俺浮気はしないから〜』
『違う!ひとりで、お前は……タトゥの事もあるのに、』
『だーいじょうぶだって。な、アルヴィス』
――6年前。アルヴィスの目から姿を消すように。
「……いや、違うな。行かせたのはオレだ」
「アル、」
「引き止めもしなかった」
多分、心のどこかで思い込んでいたんだ。
「お前は、オレの側から消えないと」
手が伸ばされる。
取られた手のひらは冷たいはずだ。なのに。
「――タトゥを消す方法を考えよう」
アルヴィスは、真っ直ぐに俺だけを見つめていた。
「お前のタトゥが消えなくてもいい。そうしたら、ずっと一緒にいてやる」
「……は」
「お前の後を追って、永遠に生きるのも、……悪くない」
「いやそれは俺が全力で却下する」
「空気を読めこの馬鹿!」
握り込まれた指先が熱い。
あれおかしいな。俺の手、物凄く冷たかったと思うんだけど。
「……ていうか、これ何?もしかしなくてもこれってまさかのプロポ、」
「違う!」
「エッ違うの?!」
違ったのかよ!!
「オレは、ただ。……お前に、消えられるのはごめんなんだ」
目を見張る。それから、俺は思わず笑った。
なんだそれ。わかりづらすぎるだろ、ほんと。
「……そこ2人!!ラブラブなのはいいけどアンダータで乗り込むよ!」
「敵陣行くっていうのになんでそんな空気緩いんスか……」
「アルちゃんそのオイシイポジション変わってぇ……!」
「そこの暑苦しいバカ2人!行くぞ!」
「アランは燃えてしね」
「……てめぇは安定してオレを目の敵にするなあ、ああ?」
笑う。掴まれた指を逆に引いてやって、俺は「?!」とぎょっとしているアルヴィスを引っ張り走り出した。
わからない。こんな俺の側にアルヴィスがいつまでいてくれるのか、俺自身アルヴィスの隣にいられるか、そんな事は、何一つ。
ただ。
「……よっしゃー、あのイカレ白髪頭にトドメ刺しにレッツゴー、だな!」
「テンションたけぇ」
「文句あっか金髪チビ」
「ち……、てめっ、シー!!」
こうして仲間に囲まれている、俺のこの瞬間は。
『――ねぇ、幸せ?』
そう。
きっと、しあわせだ。