夢の世界に溺れる | ナノ
激戦の前
 ヘラヘラ笑って紡がれる軽口が無い。
 体に反射として馴染んだ手刀を振り上げる機会もない。

「……しまった」

 あやまり、損ねた。

 隣にあの体温が無い事がこれほど虚しさを呼ぶのだと、アルヴィスは初めて味わう感覚に唇を噛み締めた。

△▼



「――ファントム!」
「!!」
「やあ、ギンタ。スノウを返して欲しいんだよね?」
 6thバトル終了後、当然のように現れたファントムがにこにこ微笑む。
 だが一転、その目から感情を消し、彼は凶悪な表情で言葉を続けた。
「アレはクイーンがやったことだからね。ボクにはどうしようもないよ。直接、クイーンに会いに行くしか――」
「シーはどうした」

 一歩、進み出る。はっと振り返ったギンタの向こうで、楽しげに笑んだ司令塔は予想通り、という顔をしてみせた。

「彼はボクの命令でね。大丈夫、悪いようにはしていないさ」
「ふざけるな!!」
 ギリッと歯を食い縛る。アルヴィスは白髪に隠れる赤い目を睨み付けた。

「シーを返せ」
「それは無理、かな」
「貴様……!」
「ゾンビタトゥが廻り切るまでは、ね」

 一瞬、奇妙な空白が空いた。

「……ファントム、てめぇハナからそのつもりで……!」
「でも彼、なかなか堕ちてくれなくてね。抵抗すればするほど体に負担が掛かるから、ボクとしてはあまり嬉しくないんだけれど」
「「「「……!!」」」」

 その場の全員に衝撃が走る。
 殺気と魔力の半々が混じった空気をまといながら、ナナシが前へ進み出た。

「……自分、シーちゃんに何してくれとんのや」
「自分から来てくれるのを待っていたんだけれどね。叶わないなら先に引き寄せるべきだと思ったまでだよ」
「っ、んなこと、」
「さて、ボク達には先にやるべき事があるよね?……最終決戦だ」

 怒り。憎悪。焦燥。
 いくつもの視線を受け止めて、ファントムはニッコリ笑って見せた。

「チェスの兵隊が完全勝利する……その瞬間だ」


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