Hello,これが俺達の日常(上)
雲雀恭弥は舌打ちをした。
なんたってこんな事になってしまったのだろう。
自分としたことが、全く腹立たしい。
右を見る。男が3人。
左をちらりと見る。やはり3人。
囲まれた。
計6人、普段の雲雀ならなんなく地に寝かせているに違いないのだが、あいにく今はそうはいかない。
「……くそ」
中指に嵌まっているリングをちらりと見やり、雲雀は忌々しげに吐き捨てた。
正しくは嵌まっていた、と呼ぶにふさわしいそこには真っ二つに割れたリングの欠片しか存在せず、そしてそれ以外のリングを雲雀は現在所持していない。
トンファーを振るう右手は骨を折られた。
別に常なら気にせず振り回しているのだが、そんな常を毎日繰り返していたためにここでツケが来たらしい。痛みは全く感じないが右腕は完全に動かなくなっていた。
つまり、
雲雀の今の武器は、左手のトンファー1本。
ああ。
「……ほんと、むかつく」
忌々しい。
左右から同時に来た攻撃を全て薙ぎ払い、間髪入れずに地面を蹴り上げ男達の隙間をくぐり抜ける。
背後から低い怒号と煩い足音が聞こえてきたが、当然かまってやる義理は無い。
「……くそ」
どうするか。
あえて後ろに視線はやらない、近くまで追いつかれているのはわかっている。
別に左手だけであろうと素手であろうと負ける自信など雲雀には微塵も無かったが、たった1つだけ問題があった。
「……ここ一般人多すぎ……」
息一つ乱れぬ中で、雲雀の唇から零れるのは確かな悪態。
(「一般人は巻き込まないで欲しいんだ……」)
懇願しつつも強い光を放つ、茶色の瞳が脳裏をよぎる。
くそ。
今度は声に出さずに呟いて、雲雀はまたも地面を蹴り急な方向転換を試みた。
そう、この巨大で雑多な街の造りは雲雀にはわけがわからない上に最悪すぎた。なんせどこを通っていてもすぐに大通りに出てしまう。
一般人は巻き込まないでくれ、切願するわりに絶対にするなと命令者の目をするあの青年の言葉が無かったらお構い無しに突入するのだが、あいにく記憶力のいい脳はそんなこと簡単に忘れてくれやしない。
それどころか、路地の先に大通りがチラつくたびにご丁寧に思い出してしまう始末。
「……ああもう」
嘆息し、雲雀は確実にこちらを追い詰めてくる男達にトンファーを振るった。
ヒュン、いまいちキレのよくない音と共にふるわれるのは細い鎖。
だがそれで怯むような連中なら、雲雀もここまで苦労していない。
後ろには大通り、前には男達。
壁を蹴り、もはや何なのか確かめる気もない建物の側面を一気に駆け上ろうとして、
「ッ!!」
背中に激痛が走った。
*** ドサ、と無様な音がしたのは遠い感覚でとらえた。
問題は、その音がおそらく自分のすぐ側からした事だ。
なんとか受け身の体勢を取った自分と、地面の間から。
「……っ……」
じんわりと、しかし確実に背から痛みが広がっていく。
実弾ではない。
ナイフか、あるいは針か。
燃えるような熱さに感覚の無くなってゆく上半身では、もはや判断の仕様など無かったが。
「……お終いだな」
目を動かす。
自分を囲んだ男達の背丈は、やたら高く見えた。
揺れもしない銃口は、黒々と光ったまま。
「……さよなら、」
雲の守護者。
小さな呟きに、反射で口元を開いたその時、
「正義の味方、とーじょー」
随分と間の抜けた、馬鹿げた台詞が聞こえた。