まさかそんなところに、
人がいるだなんて誰が思うだろうか。
「……ユウ、くん?」
思わず疑問形で言ったツナに、
「……それ以外誰に見える?」
ふっ、と息を漏らして顔を上げたのは、確かにユウだった。
青い瞳、少し乱れた金の髪、くしゃくしゃになった制服の白シャツ。
だけど、なぜ。
「…なんで、ロッカーの中にいるの」
「俺、狭いとこ好きなんだよね」
全然答えになってない。
そうじゃなくて、と目で訴えるツナに、
しかしユウはただ微笑んだだけで何も言わなかった。
空き教室の、使われていないロッカー。
ツナだって、増えた掃除用具をしまうよう言われなければ、来ることはなかっただろう。
「…ツナはさ、愛情ってなんだと思う?」
「は?」
よいしょ、とロッカーの中から身体を起こし、
まるで習慣の一環かのように抜け出てくる彼。
「何言って…」
「俺はさ、力か金か血統か評価か、ともかく代償があって初めて与えられるものだと思うんだよね」
「…は」
箒を抱きしめぽかんとするツナの横を、
ユウはうっすら笑んだまま通り過ぎる。
「まっ、待って!」
目の前を行ってしまいそうになった、ユウの手をツナはとっさに掴んだ。
「ユウ君…」
何か言わないと。
彼をこのまま行かせてはいけない、そう思って手首を掴んだのに、肝心の言葉が1個も出てこない。
あわあわと目を泳がせるツナに、ユウは青い目を細め、ふっと頬を緩めた。
「…違う、んだよな。きっと」
「……え?」
「だから俺は、ツナを信じるよ」
さらり。
まるで口付けのように、
ユウはツナの前髪を静かに取ると。
『祝福を』
一言、呟くようにそう言って。
彼は、そっと手を放した。
「…ユウ君!」
我に返ったツナが廊下へ飛び出した頃には、少年の背中はひどく遠くなっていた。
「ツーナ」
ひょい、と彼は片手を上げる。
振り返らないその背中が、どんどん遠ざかってゆく。
「俺、君のこと信じてるから」
だから。
守護者にはなれないけれど、
でも。
「ボンゴレの守護霊になってあげるよ、俺」
今度こそ、ツナは固まった。
「……堕天使の祝福とか、絶対要らないよなあ」
なんだっけ、ほら、そうそう。縁起でもない、って言うんだっけ。
でもあの子の茶色の目は、いつだって真っ直ぐだから、つい。
祝福を、なんて言ってしまったのだ。
もう効果の無い、幸福を授ける言葉を。
いいなあ。
ぽつり、呟いてユウは笑う。
ツナは、沢田綱吉は、きっと。
何の見返りも求めず誰のことも受け入れられるのだろう。
彼は、きっと知っている。
『…僕は愛情なんて知らない』
その、真逆の言葉を。
「…ユウ、」
立ち止まり、ユウは顔を上げた。
顔には、いつもの片頬を緩めた笑み。
堕ちてしまった自分には、
もう、慈悲ある微笑みなど浮かべることはできない。
「…雲雀」
昼間の戦闘から、ずっと自分を探していたのだろう。
自分と同じと評した、
しかしやっぱり異なるその少年は、
肩で息をしながら、こちらを睨んでいた。
意味の無い祝福を君に