貴方と私の風紀な日々 | ナノ
暴君による看病

▼ ▼ ▼


「唯斗、この書類やっておいて」
「はいわかりました、委員長」


唯斗は平然とした表情で、僕が渡した書類の山を受け取った。
他の風紀委員はこの量の紙の束を見れば、少なからず顔を引き攣らせるものだが、この少女は副委員長なだけあって、めったなことでは顔色を変えない。
「…これに目を通して、印を押せばいいんですよね?」
「そう」
「わかりました。…これ何枚ぐらいあるんです?」
「100は超えてる」
「了解しました、相変わらず人使いの荒いことで」
「何か言った?唯斗」
「いえ何も、委員長」
前言撤回、
めったな事では僕の言動に挫けない。
彼女、天原唯斗がどうして風紀委員になったかはもう忘れたけれど、僕の事が大嫌いだという事は知っている。
夢は僕を倒すこと。多分永遠に叶わないと思うけれど、ね。
確かに彼女はそこらの草食動物よりは強いけれど、ハンマーを振るう手には僕と闘り合うにはあと少し力が足りないし、精神的に彼女は甘い。
僕に打撃を与える瞬間、わずかにためらうところなんか、特に。
仕事ぶりは優秀だし、副委員長としてはすばらしい人材だと思うのに、残念だ。
どうでもいい思考から僕が書類に目を落としたその時、

どさり、

とやたら聞き覚えのある音が聞こえた。

「……は?」

目の前、
机の向こう、
床に倒れて動かない、
散らばる黒髪、
音も無く舞う白い書類、
力なく投げ出された手足、
え?

「……唯斗?」

天原唯斗は、
ぴくりともしなかった。






熱い、
怠い、
重い。
身体が動かない。
「……っ、……」
目をとろとろと開ける。
その動作すら上手くいかず、私は顔をしかめました。ちゃんと表情が動いたかはわかりませんが。
「…ここは、」
見覚えのある白い天井。
あれ?ここは、
「目が覚めたかい」
首を捻れば、
すぐ真横に切れ長の黒目。
「…い、委員長」
「熱が8度越えしてるのに学校に来る馬鹿がいるかい」
8度越え、……38度越え?
どうやら自分が思っていた以上に、私の体は深刻な状態に陥っていたようです。
「…すみません、ご迷惑をおかけしました」
体を起こす、たったそれだけにもずいぶん疲労感を覚えました。声も枯れてますし。
倒れる寸前ぐらいまでは記憶があります、まだ日が高いのを見る限り、何時間も眠っていたという訳では無さそうです。でなければ未だ自分が応接室で寝ている事もないでしょうし。
「別に謝罪は要らない」
委員長は相変わらず私の横に座り込んだまま、じっとこちらを見ていました。わぉ怖い。
「……ええ、と」
「大人しくしてなよ」
謝罪の言葉は封じられてしまったので、お決まりのすみませんもごめんなさいも言えません。私が目を泳がせていると、委員長は吐き捨てるようにそう言って立ち上がってしまいました。
その背中を目で追うと、給湯室の方へ。
お気に入りの紅茶でも淹れに行ったんですかね。

…迷惑を掛けたのは間違いないにしても、ああもはっきりと大人しくしてろと言われると、やっぱりへこむ物があります。いえ別に、あの大魔王に何を言われようとも今さらって感じなんですけど、自分の体調管理ができていなかったのは確実でしょうし、いくら大暴君とはいえ、彼の仕事の邪魔をしてしまったのも確かでしょう。
そんな人間が副風紀委員長にふさわしいでしょうか。
答えはハッキリしてますね、ふさわしい訳がありません。ああ落ち込む。

「……何、変な顔して」

突然外見をけなされました。
顔をあげれば、なぜかお盆を持つ委員長。

「…生まれつきですが」
「君ってたまにすごいボケかますよね」

今度はさらっと馬鹿にしたかと思うと、委員長は目の前の机にお盆を起きました。
委員長に紅茶を出す時に私がよく使うお盆です。ちなみに草壁が持つとそんなに小さくないこのお盆もオモチャみたいに見えるんです、世の中って不思議。

ずい。
どうでもいいことを考えていたら、なぜか目の前に湯気を立てる白いカップが。

「……へ」
「飲みなよ」

憮然とした表情で、しかし差し出しているのは紛れもなくあの委員長。

「…紅茶よりはいいでしょ」

無に近い真顔をオプションに、
目の前に再び差し出される緑茶(inカップ)。

…ええと、つまり。
いろいろ言葉が足りてない気がしますが、

私のために淹れてくれた、

という解釈でいいんでしょうか。

「……い、ただきます」

私がそう言うと、委員長は口元にぐい、とカップを押し付けてきました。
…いや、熱いんですけど。

「…大変申し訳ないんですが、熱い、です」
「何君、猫舌なの」
「…いえそういう訳ではありませんが」

そんな熱くないでしょ、とやや不機嫌そうに委員長はお茶をふうふうしだしました。
…あ、ちょっと可愛い、かも。
普段なんだかんだと暴れている分、唇をとがらせ湯気の立つお茶を冷まそうとする彼の姿はちょっと無防備で、不覚にも可愛さを感じました。ほんとうに不覚ですが。

「ハイ、これでいいでしょ」

再びぐい、と口元にあてがわれるカップ。
どうでもいいんですけど、熱がある人に熱々の緑茶って効くんですかね?

「…っ、あつっ」
「君どんだけ猫舌なの」

飲んだはいいものの危うく零すとこでした。
なんですかこの殺人的な熱さは。
それとも委員長の怨念なんかがこもってるんですかね?
やけどした舌をうえ、と出し、生理的に出てきた涙をこらえていると、

「仕方ないね」

ふいに、
ぐいっ、と掴まれる肩と顎。





こくん、
と緑茶が喉を通るのを遠くで感じた。
すぐ目の前に黒の瞳、
顎をくすぐる指の感触、
合わせた唇のやわらかさ、


「……え」


フリーズ、です。
普段のキャラも忘れ、頭真っ白のまま呆然と離れていく彼を見つめれば、


「……は、」


まばたきをし、わずかに口を開けたまま停止する委員長。
その唇が若干濡れていて微妙に光っていて、
つい先ほどまでその唇と自分の唇を重ねていたという事実に、
一気に血が上る感覚がした。

「…なっ、なにを、」
バサッ。

人生最大の混乱に陥っている私に、突如何かが降ってきました。え、何これ。

「っ、帰れ!」
「はっ?!」
「今日はもう帰って、家で安静にしてろ!」

はい?!
この状況でバックホームですか?!
アイバックホーム?!

頭に被せられた物をもがきながら外せば、
見慣れた腕章の付いた黒い学ラン。
…え、これは。

「…いいん、」
「僕は見回りに行く」
帰って来た時にまだ君がいたら、咬み殺すから。

勝手に言い残すと、
彼は1度もこちらを見ずに出て行ってしまいました。


応接室に残されたのは、私。
それから肩に掛けられた学ランと、
机に残る、カップ半分の熱い緑茶。

「…な、」
なんだったんですか、今の。
そして1番驚愕というか信じられないのは、
「…心臓が、め、めちゃくちゃどきどきいって、るんです、が……」
……熱ですね、そうですきっとこれは熱のせい。





「…なんで…」
校内の片隅、壁にもたれかかり雲雀恭弥は嘆息した。
「…なんで、唯斗に…」
赤い頬でぐったりと横たわる彼女はいつもの覇気も無く。
なんだかひどくむかついて、でも風紀委員失格だよとトンファーを振るう気にもなれず。
けっこう冷ましたつもりのお茶にむせる彼女の姿すら弱々しく見えて、だから、

気付いたら、
彼女の肩をつかんでいた。

「…だからって、」

口移し、は無いだろう。

「……なんで……」




並中の片隅、
苦悩する2人の事は、
誰も知らない。



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