ずぶぬれのスモーキン・ボム▼ ▼ ▼
「…げ、天原」
「…獄寺隼人」
どしゃぶり、
傘無し、
びしょぬれ。
これ以上悪条件は無いと思っていたのですが、どうやら盛大な勘違いだったようですね。
「…なんでてめーがここにいんだよ」
「学校帰りなんです、いちゃおかしいんですか」
一般生徒より下校時間は遅いかもしれませんが、仕方ありません。
なんたってあのワガママ自己中暴君、おっと口が滑りまくりましたがあの風紀委員長のもとで仕事をこなしていたんですから。
「…あなたこそ、何してるんです?下校時間はとっくにすぎてますよ?」
そうです、一般生徒の下校時刻はとっくにすぎているんです。
だから人っ子1人見当たらないこの並中の校門前で、風紀委員以外の生徒に会う事自体がおかしいわけで。
「……なるほど、叩き潰されたかったんですね?」
「なんっでそーなるんだよ!ちげぇよ!!」
チャキ、と私はすばやくハンマーを構えましたが、残念、彼は慌てて首を振りました。なんだ、違うんですか。
ていうか勢いよく顔振らないでくれます?髪の毛から雨飛んできたんですけど。
「俺は10代目をお待ちして…」
「…10代目?」
雨で濡れた前髪からしたたり落ちてくる雫を指で払い、私は首をかしげました。
…ああ、綱吉のことですか。
「綱吉…ああ、あの子なら職員室で担任に何か言われてましたね」
「!やっぱり…」
あのクソ教師、10代目の偉大さも知らずこんな時間まで…とかなんとかぶつぶつ呟く獄寺隼人。
私よく知らないんですが、綱吉ってそんな偉大なんですかね?すがってくる姿は弟みたいで可愛いと思う時はありますが、まあ弟なんていらないですし。うん。
「…とにかく俺は、ここで10代目をお待ちしてんだよ」
なんか文句あっか、と半眼でこちらを見下ろす獄寺。
私見下ろされるの嫌いなんですけどね、獄寺は悪意が無いせいかあまりなんとも思いませんでした。
ですがここで疑問が1つ。
「…なぜ、校門前で待っているんです?」
あいかわらず、どしゃぶりの雨。
ざあざあ、という音がうっとうしい。
こんなところで傘もささず会話している私達も私達ですが、傘もささずにいつ来るかわからない人を待っているこの男も男ですよね?
「下校時間すぎて教室にいると、てめーらが追い出しにかかってくるからだろ」
私の当然といえば当然の疑問に、獄寺はぶすっ、とした顔で答えました。
…まあ、なるほど。
「…あなたにも、ちゃんと校則を守るという感覚があったんですね」
「なっ?!んなワケじゃねーよ、俺はただ、」
「風紀委員としては嬉しいですね、あなたの心構え」
というか、彼の人間性に嬉しさを感じるというか。
だって、彼は風紀委員に迷惑をかけないよう下校時間を守りつつ、この雨の中綱吉を置いて帰ることもなく、ただ濡れながら待つという選択をしたんですよ?
それって普通の人間にはなかなかできない選択じゃないですか?
まあ、風紀委員に迷惑うんぬん、については彼はあんまり考えてないかもしれませんがね。
私は目を細めて彼の頬に手を伸ばしました。すり。
「…なっ、」
びくっ、として身を引く獄寺。
そんな大げさに反応しなくてもいいじゃないですか、濡れ具合を確認しただけですよ。
「…ずいぶん待っているようですね」
仕方ありません、私はそこまで薄情ではありませんから。
ごそごそ、と雨色に染まりつつある学生カバンからタオルを取り出し、私は彼の頭の上へ放り投げました。
ふわり、
彼の銀色にのるタオル。
ああ、私コントロール良いですね。
「…は」
ぽかーん、という効果音が似合いそうな獄寺の顔。
これ傑作ですね、盛大に写メりたいです。
「…どうしたんですか」
……ちょっと、思っちゃっただけです。
案外、良い人だな、って。
揉め事を起こさず、こんな雨の中綱吉を待つ彼の事を。
そして、待っていてくれる友達を持った、綱吉の事も。
「…では」
長居は無用。
私はカバンを肩に掛け直し、獄寺の横を通り抜けました。
通り抜けた、
つもりだったんですが、
「待てよ!」
「ひゃっ」
思わず飛び出した変な声。
「な、何するんですか」
「…てめーもびしょぬれじゃねーか」
「そりゃそうでしょうよ、傘忘れたんですから」
「…チッ」
あ、今舌打ちしました?
いいですよ、私今濡れまくって最高潮に気分良くないですし、叩き潰されたいっていうならとことん気の済むまで、
「…行くぞ」
ぐい、
と掴まれていた腕を引っ張られました。
「……はい?!」
「…責任とれよ天原、てめーのせいで10代目をお送りできなくなったんだからな」
ちょっと意味わかりません、全然わかりません!
え、なんで私の腕を引っ張ってるんです?どこ行くつもりですかこの人?ていうか、校門前から離れてますよ?!綱吉待つんじゃないんですか?!
「…んなびっしょびしょの、しかも一応女をそのままにしておけっかよ」
……余計な言葉が入った気がしますが、あれ、これって彼の気遣いですかね?
「…い、言っとくけどここでてめーを放っておいたら10代目が悲しまれるだろうし、俺だって右腕にふさわしくないと思うからだからな?!変なこと思うなよ?!」
…変なことってどんなことですか。
慌ててまくしたてる獄寺に、私は掴まれたままの右腕をそのままに、思わず口元が緩むのを感じました。
…やっぱり、あなたは良い人だと、私は思いますよ。獄寺隼人。