2周年企画 | ナノ



「新選組の土方が女に骨抜きにされちまったって話、知ってるか?」


島原のとある揚屋で開かれた、長州系の浪士を中心とする宴の席。
宴もたけなわを過ぎて、お開きも近くなっている。
宴席の端でちびちびと酒を嘗めていた不知火は、耳に入って来た意外な言葉に目を瞬かせながら耳をそばだてた。
新選組の土方と言えば、鬼と名高い冷血・情なし男のくせに、見目が良いものだから花街の女たちがこぞって目の色変えているというあれか、と頭の中で人物像を反芻する。


「確か家を買ってそこに女を住まわせて、三日と開けずに通いつめているっていうぞ」
「あの土方が?どこの女だ?島原か?祇園か?それとも大坂新町か?」
「いやいや、素人の女だって噂もあるぞ」


鬼と評判の男にも人並みの情があったというのも驚きだが、鬼を骨抜きにした女もどんなものか拝んでみたいものだと話に花が咲く。
拝んでみたい、それは確かにと不知火も思った。
評判を聞く限り、同じ隊の同志にさえ規則を破れば容赦なく冷酷な罰を下す男が、女に溺れるなど考え付かない。
体面も悪かろうに、男にそれを忘れさせるほどの器量良しというなら是非とも見ておきたいというもの。


「なあ、その女の家、わかるか?」
「おう、珍しいな不知火。気になるのか?」
「まぁな。俺だって男だ、んな美人なら見てみたいと思うのが普通だろ?」


暫く話に付き合うと、西本願寺の屯所からそう遠くない所に町家を一件借りてその女を住まわせているという事が分かった。


翌日、早速聞き出した場所へ足を向けてみると、土蔵つきの立派な借家を一件丸ごと借り切っている。
土方は居ない時間らしく、裏の土蔵の影からひょいと塀を乗り越えると、音もなく庭に着地した。
こういうとき鬼って便利だよなあと口笛を吹きたくなるのを我慢する。
土蔵の影に隠れて覗いてみると、庭を挟んだ座敷にちょうど人がいるようだ。
件の女かと、不知火は建物の影から気配を殺して中を伺った。
着物の裾を引いて縁側へ出てくる人影がある。
地味だが仕立ての良い小袖を纏って胴にキリリと帯を締め、髪は京の女があまりしない形に結い上げている。
肌にうっすら白粉を乗せた化粧は江戸風というものだろうか。
所作も裾を捌く様子もキビキビとしていて、地味な着物も薄化粧も何故か様になる女だ。
容姿も上方にはあまりいない風だが、少しきつめの目元は目力抜群だし、整った顔はこちらをはっとさせる。
なるほどこれはあの土方と並んでもなんら遜色のない美人と言える。


(しっかし顔だけで土方がここまでするとは思えねえけどな…)


正直な感想だった。
美人なんてよりどりみどりのはずであるあの男が、顔だけで女を選ぶはずがない。
きっとこの女にはもっと別の魅力があるのだろう。


「小間物屋さん、裏に回ってもらえますか?」


不知火は女の声を聞いて、思わず物陰から飛び出しそうになってしまった。
へぇ、という返事が聞こえて、建物の横の通り庭を歩いて来る足音がする。
他に人がいる、というとっさの判断で物陰から出るのは思い留まったが、あの声は。


「……高崎!?」


小間物屋が縁側に荷物を置いて、櫛やら簪やらの細々とした商品を見せる横に座り、女は商品を手にとって品定めをしている。
商売話ににこやかに応じている顔をよく見れば、いつの間にか馴染んでしまった顔によく似ていた。
装いを変えただけで何故今まで気付かなかったのか。
そもそも、男として新選組にいるはずのあいつが何故こんな所で妾の真似事などしているのか。
疑問は幾つも出てきたが、来た時のように足音をさせないよう動き塀を乗り越え、見つかる心配のない所まで行ってから、不知火は思わず首を傾げた。



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