イチサンナナ | ナノ

晴天の霹靂

『――今日も暑いからな!ちゃんと水分摂るんだぞ巻ちゃん!』
「言われなくてもとるっショ!」
『ハハハ!安心したぞ巻ちゃん!ではまたな!』
「もうかけてこなくていいっショ」

そう自分にしては大きめの声を出しながら、俺は通話を切った。
――電話の相手はもちろん、箱学の東堂尽八。
電話番号を交換して以来、俺の着信履歴の9割はこいつで埋まっている。

「また東堂か」
「決まってんショ」
「仲が良いな、お前たちは」
「…気持ち悪いこと言うなよ金城ォ」

部活終わりの2年だけでのミーティングの時間。
盆が明けてもマシにならない暑さの部室の中には、俺と田所っち…そして、絶対安静期間を終えた金城と唯がいた。
先程まで俺が電話で喋る声と蝉の鳴き声だけが響いていた室内に、今度は唯の携帯の着信音が鳴り響く。

「もしもーし尽八くーん?」

…唯の弾んだ声が聞こえてきた。

「…ほんと、東堂のヤツってお前にかけた後絶対唯にかけるよな」
「唯も唯でいつの間にか随分箱学と仲良くなったようだしな」

楽しそうに喋り始める唯を見つめながら二人は言う。
――そう、唯はあの日…東堂の誕生日に箱根に行って以来、東堂だけでなく他の箱学のメンバーとも随分と仲良くなっていた。

「は!?荒北が?ないないないー!」
「いやそこは隼人でしょ」
「トミーは…うん」

このように親しげに名前を呼び、軽口を叩く。
これには本当に驚いた。
箱学2年なんて福富と東堂以外はよく知らないが、どちらにしろあの唯がこんな風にワイワイと話しているのは――脚のことを気にするようになって以来見ていない。
しかし何より驚いたのは。

「尽八くんが1番似合うと思うよ!」

――やはり、あいつのことを下の名前で呼ぶようになったことだろうか。
あの日何があったかは知らないが、興奮気味…というより、持て余した感情のはけ口を求めるように俺に箱根での出来事を報告してきた唯だったが、東堂のことを下の名前で呼ぶようになった経緯だけは誤魔化したままだった。

「うんうん、分かった気を付ける。じゃあ、またね」

そんなことを考えている内に、唯が電話を切ってこちらを向く。

「待たせてごめん。ミーティング始める?」
「お前毎日東堂と話してるのか?」
「え?しない日もあるよ?」
「しない日も…って、それほとんど毎日してるんじゃねえか!」
「ん〜言われてみればそうかも…?しない日はメールするしもうそういうの意識しなくなっちゃったなー」
「メールもしてんのかよ…」

想像してたより密に連絡をとっていたらしい二人に、田所っちは「よく飽きずに続くな…」と疲れた様に肩を落とした。

「東堂は暇なのか?」
「暇じゃないと思うけど…あれだよ、私の場合はついでだから。裕介の」
「巻島の?」
「そうそう。裕介に電話した後は、私に電話っていう習慣がいつの間にかね。だから裕介も尽八くんとほぼほぼ毎日話してるよ」

ね?と唯は俺に同意を求めるが――こいつが知らないだけで、事実は全く違うんだ。

「確かに俺と電話した後は必ず唯にかけるっつーのは、あいつの習慣になってるショ」

でも。

「俺にかかってくる電話は最初こそ毎日だったが――今は週に2・3回程度だ」
「え…」

唯が信じられないとばかりに目を見開いた。
俺は自然と口角が上がるのを感じる。

「てことは…」
「ああ。あいつは唯にだけ毎日かけてんショ」
「え、え、ええええええええええええ!?!」

一気に頬を紅潮させて叫ぶ唯に、俺は「気付くの遅いっショ」と意地が悪い笑顔しか見せられない。
…こんなに分かりやすいのに、互いの気持ちどころか自分の気持ちにすら気付いていない馬鹿二人は見ていて面白いが、呆れもする。
まあその内なるようになるだろうとは思うが…

(少しくらい引っ掻きまわさなきゃ面白くないっショ!)

というのが紛れもない本音だった。


〜・〜・〜


「うわああ…裕介の馬鹿なんてことを…」

その日の夜、課題のために机に向かいながら私は先ほどのことを思い出していた。
――全く気付かなかった。
てっきり裕介の後だとばかり思っていた。
昼は勿論、夜だって。

「…なんで毎日話してるんだろう」

今日初めて言われて思った。
毎日話していると言っても長電話はしたことないし、本当に互いの1日報告とかそんな感じなのだ。
だから飽きなんてこないし、話題にも困らない。
けれど。

「毎日するのは普通じゃないことなのか…」

迅くんの反応で分かった。
どうやら私と尽八くんはかなり仲良しの部類に入るらしい。
…因みに尽八くん呼びは最初こそ慣れなくて苦労したが、1週間もすれば慣れ始めて今ではさして恥ずかしがらずに呼べるようになった。
――って今、そんなことはどうでもよくて。

「…聞いてみようかな。なんで毎日電話してるんだろう私達って」

まあ聞いたところでって感じだけど。
毎日の電話は楽しいし、何の苦にもなっていない。
だからこそ、こんな風に続いているのではないか。
そんなことを考えていると。

「唯〜!ちょっと話があるから来なさい」

1階からお母さんの声が聞こえてくる。
話があるってなんだろう?
悪い事の心当たりはないし、見当が全くつかない。
でも怒っているような声音でもなかったから、そんな心配することはないだろう。
そう思い至って、私は携帯片手に階段を降りてリビングに入る。
――ドアの向こうにいたのは少し難しい顔をしてテーブルについているお父さんとお母さん。
思ってみない雰囲気に、一気に不安でいっぱいになる。

「ど、どうしたの?」
「とりあえず座りなさい」

私は言われるがまま、恐る恐る二人の前に座った。

「唯、大切な話がある」
「うん」

そう切り出したお父さんは、1つ深呼吸をして告げた。

「急な話だが実はな、父さん――9月からイギリスに行くことになったんだ」
「え…」

頭が、真っ白になった。

「うちの本社はイギリスなんだが、そこの日本支部代表の人がちょっと体調を崩されてな。急ぎ後任を決めることになったんだが…ありがたいことに父さんが選ばれたんだ」

…お父さんの会社はよく分からないけど外資系企業だって言ってたから、多分これは昇進ってことなんだと思う。
本社召集――つまり、イギリスに転勤ということ。

「国内の話なら父さんだけで行くんだが、流石にイギリスとなると単身赴任は辛くてな…」
「………」
「本当に急なんだが、来月からは――」
「転校ってこと?イギリスに?」

気がつけば口を開いていた。

「折角受験して入った学校とも友達とも…裕介とも離れてイギリスに行けっての!?」

倒れたとか昇進とか、そんなものはどうでもよくて。
まず最初に思ったのは、今のこの生活が近い内に全て無くなってしまうということ。

「唯、」
「何それひどいよ急すぎるよ!9月とかあと10日もないじゃん!」
「唯、話を」
「話なんて聞きたくない!私は、私は転校なんて――っ、」
「唯!」

ただ昂る感情のまま言葉を並べれば、目頭が熱くなってきて歯をくいしばる。
このままでは泣いてしまうと思った私は、携帯片手に家を飛び出した。

夜の生暖かい風を切りながら、走る走る走る。
ゼエゼエと息を切らせながら辿り着いたのは、小さい頃からよく裕介と遊んでいた小さな公園だった。

「う…っ」

そういえばこの公園で初めて自転車に乗った。
裕介より先に乗れるようになりたくて、一人でここで補助輪無しで乗る練習をした。
学校の帰り道、コンビニで肉まんを買ってこの公園で食べた。
そんな小さな思い出が、一つ一つ鮮明に思い出されて、涙が止まらなくなった。

「うっ…ひっく」

住み慣れた町。
大好きな自転車。
大切な友達。仲間。
幼馴染み。
そして…これからもっともっと仲良くなれる、楽しくなると思える人達。
その全てを置いて、イギリスなんて行ける訳がない。

「嫌だ嫌だよ…っ」

……一体どれくらい泣いていただろうか。
泣きすぎてぼーっとする意識に、無機質な着信音が飛び込んでくる。
ゆっくりと視線を落とすと、そこには幼馴染みの名前が表示されていた。

「…もしもし」
『唯!お前今どこにいるっショ!?』
「いつもの公園…」
『公園!?なんでそんなところに…っ、ああもう!今から行くから動くなよォ!』

プツンと通話が終わる。
…お父さん達から助けを求められたのだろう。
巻島の家とは家族ぐるみの付き合いだったから。
ということは、必然的にイギリス行きの話も知っただろう。
…知られてしまった。
また1つ現実味が帯びてくる。
ねえ裕介。私転校しちゃうんだよ?
イギリスに行っちゃうんだよ?
どう思った…?
そんなことを考えていると、自転車に乗った裕介が息を切らせながら私の前に現れる。

「何してるっショ…」

心配と叱責を混ぜたような目の裕介に、さっき収まったばかりの涙がまた溢れ始める。

「嫌だ私帰らない」
「唯、」
「帰らないったら帰らない!だって帰ったら転校するんだよ!?聞いたんでしょ!?私イギリス行っちゃうんだよ!?皆と離れて!裕介と離れて!――皆と自転車も乗れなくなっちゃう!」

裕介に言っても無駄なのに。
そう冷静に思う自分が確かにいるのに、涙は止まらない。

「…それ、おじさん達から聞いたのか?」
「ヒック…聞いて、ないっ、言われる前に、ヒッ、飛び出してきた」

泣きながら答えた私に、呆れたようなため息を吐いた裕介。
そしてから彼は、座り込んでいる私の腕を掴みそのまま引き上げる。

「とりあえず帰るっショ」
「嫌だよ!なんでそんなこと言うの!?裕介は私と私と離れてもいいの!?」
「そういうことじゃなくて、」
「じゃあどういうことよ!」
「あ〜もう!知りたかったら帰るっショ!!」

思いの外強く怒鳴られて、私は動きを止める。
裕介がこんな風に声を荒げるなんて、一体いつぶりだろうか。
…大人しくなった私にもう一度ため息を吐いて、裕介は私の手首を持つ。
裕介の左手は自転車、右手は私の手首。
…そのまま裕介は無言で、私の手を引いて家まで送ってくれた。



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