貴方と出会って感じたものは幸せな事ばかりなどではなかった。
切なさや孤独、苦しみに痛みも嫌という程に沢山味わった。

貴方という人間を愛するという事は楽な事ではないのを理解していても、それでも貴方の側に居たいと、不幸になってもいいから一緒に居たいと…そう思っている。



A pain and happiness




日が暮れるほどに賑やかになるこの街の光景はもう随分と見慣れてしまった。

ピンク色に輝く厭らしいネオンの看板も、必死に客を取ろうとするキャッチも、鮮やかな色のドレスに身を包む艶やかな女性も、何もかも見慣れてしまった。
彼のせいで、もう当たり前の光景となってしまった。


そんな輝く看板や賑やかな人々を潜り抜けるようにして辿り着いたのは神室町で一際目立つミレニアムタワーで、外から上階を見上げれば恐ろしい程に高く、私は溜め息を吐きながら目を逸らす。

入口からタワーの中へ入れば、その広いロビーに佇む人間は案外少なく、そんな人々を横目に私はエレベーターへと向かった。


このエレベーターに乗って上階へ向かうのは一体何度目だろうか。

身体がふわりと浮かぶような感覚に身を任せて、段々と上がっていく数字を見詰めていると、ポーンというエレベーターが目的地へ着いた音をこの小さな空間に中に響き渡らせた。


エレベーターの扉が開けば、そこにはもう彼の空間が溢れている。

真島組と大きく書かれた提灯の様なライトがズラリと並び、その先にいつも彼が居座る事務所が見える。
この異様とも言える空間を歩き、事務所の扉に手を伸ばすのももう慣れたものだ。

だが珍しくシンとしていて誰も居ない静かなこの階を歩くのは新鮮な気分。
いつもなら誰かしら必ず組員が何人か居て、名無しさんいらっしゃいなんて声をかけてくれるのだが、今日に限って誰も居ない。

何故、誰もいないのか心当たりは有るが深くは知らない。


今日、東城会幹部組織数組と他地域の極道組織傘下数組との取引があったらしい。

その他地域の極道組織は以前から交流があり、先代会長と東城会六代目、つまり大吾さんは盃を交わす程に信頼し合っていた組織らしい。

先代の会長が亡くなり、会長が変わってからもそれなりにその組織は協力的で東城会幹部は深く信頼していたという。


だが今日の取引で、その組織は理と金に目を晦まし東城会を裏切ったらしいのだ。
そのせいで大きな争いになり、東城会や相手側含めそれなりの死人も出たという…。

そんな一大事だ、組員総出で出払っている為に此処には誰も居ないのだろう。


取引の詳しい内容や、東城会を裏切った組織についても詳しく分からなければ、この情報だって人伝に聞いたような事だ。

私には直接関係ない上に、よく分からない情報だが、彼が身を置く東城会でこんな大変な事があったのだから、どうしても彼の事が気になってしまう。
それ故にこうして此処に来てしまったのだ。


そんな事をぼんやりと考えながら歩く事務所前の通路は何だか薄暗く感じる。

そしてそっと事務所の扉に手を伸ばしゆっくりと扉を開ければ、そこは通路同様に薄暗く物静かで、誰も居ないのだと直ぐ様分かった。

静かな事務所に足を踏み入れ、大きなガラス張りの窓に近づけば、小さくなった神室町が視界いっぱいに広がる。


この夜景が綺麗だと思った事は一度も無い。
下品な明かりがチカチカと目に痛い。

それでも何故かこの夜景から目が離せないのは、きっと彼がこの街を愛しているからなのだろう。



私がひたすらに神室町の夜景を眺めていると、事務所の扉が開く音と共に聞き慣れた声が聞こえた。

「なんや、居たんか」

「どうも」
私は振り向きながら事務所の入り口に立っている真島さんに小さく挨拶すると、彼は疲れたような表情をしながら溜め息を吐く。


事務所に入ってくる真島さんはいつもの明るい雰囲気などは纏っておらず、異様に殺気だっているように感じ、そんな彼に何だかゾッとして私は事務所の奥の方へと後ずさりをした。


「今お前と話しとるような気分とちゃうねん。帰れや」

そう溜め息混じりに言いながら彼はポケットから煙草を出してくわえると、事務所のテーブルに置かれた高そうなジッポに手を伸ばした。

手に取ったジッポで何度か火をつけようと試みるが、ジッポからは乾いた音が出るだけで一向に火はつかない。


「チッ、なんやねん」
不機嫌そうに舌打ちをしてテーブルにジッポを力強く投げつけると事務所に嫌な金属の落下音が響く。


「真島さん」
「あ?」

そんな彼を見ながら私はポケットから安物のライターを取り出し、私が後ずさりをした為に広がってしまったこの微妙な距離からポイッと彼目掛けてライターを投げた。

彼はそれを黙って受け取ると煙草に火をつけ、ライターを事務所のテーブルに捨てるように軽く投げて置く。


私はそれを拾いに行きポケットに仕舞い込むと、煙草の煙を吐き出しながら私に背を向けて大きな窓に向かい歩いていく彼のしなやかな後ろ姿をひたすらに見詰めていた。


右斜め後ろから見る、神室町の夜景に溶ける彼の立ち姿は狂おしい程に艶やかで、それが妙に恐ろしく見えた。

薄暗い事務所のガラス張りの窓から見える神室町は相変わらず汚い明かりで溢れていて、それが何故か鬱陶しいくらいに美しく見えてしまった。

そんな夜景を見ながらフゥ、と煙草を吸う彼は口を開く。

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