始まりが変わる




 蓮がゆうきから嫌いだと宣告を受けて2週間たった。相変わらず虐めは続いている。それは机が汚される、教科書が捨てられる、上履きが隠されるなどと言う幼稚な物でまだすんでいる。蓮はその事にいつも笑みを浮かべていた。
 前まではまだ亜梨吹や鈴果、真里阿と言った蓮と少し関わりのある人物達が蓮をいさめようとしてたが、流石にもうしてこない。ただ、気になるのかちらちらと蓮を見てきては、何かを言い足そうにするだけだった。
 そんな日々が続く。

 ただ黙って全てを受け流す蓮に、相手のほうが苛立っている。そろそろ第2弾がくると蓮は心の中で身構えていた。
 そんな時期だった、それが起きたのは。

 その時、蓮は一人で帰っていた。周りに誰も人はいない。彼だけが黙々と歩いている。
 静かな通学路だった。彼はいつも人目が少ない小さな道を選んで歩くのでそれが当然と言えば当然だけど、何かが少しだけおかしかった。
 その原因を考えてすぐに答えは見えた。人が居ないのは言い。だが、人の気配がしないのだ。いつもならそれぞれの家で人が暮らす営みの音が聞こえてくるはずなのに、今日はその音さえも聞こえてこない。静かすぎるのだ。
 蓮は暫くそのまま歩くが、有る一点に着くと立ち止まる。無言でじっと虚空を睨む彼は困っていた。そうとは見えないが困っていた。
(帰れない)
 心の中で彼はそう呟く。
 この呟きの通り、今彼は帰ることが出来ない状況にいた。精神的に帰れないのではなくて、物理的に。
(閉じこめられた)
 彼がそう思うのも無理はない。彼が目にやるその場所はもう何回も目にしているのだ。先ほどから彼は何回も同じ場所を行き来していた。自らの意志は関係なく、気付けばそこに戻っているのだ。様々な道に変えてみるがどれも無駄なことだった。
 浅いため息を吐く。
(結界かな……)
 そう心に呟く蓮はとても落ち着いていた。穏やかないつもと同じ表情をしている。非日常に慌てる様子はない。どう考えても普通ではないことだが、彼自身普通ではないことに身を置いている。
(さて、どうやって帰るか。待ってれば迎えが来るのは間違いない。だが……っ)
 立ち止まり思考を繰り返す蓮は、不意に目を見開いたと思うと、その場から離れていた。直後、蓮が今までいた場所の地面に何かが突き刺さる。それを見た蓮の眼は見開かれた。
 突き刺さったのは何かの植物の葉っぱだったのだ。細長く少し薄い黄緑。
(あれは、稲の葉)
 蓮がそれが何の葉であるか検討をつけた時、さらに襲ってくる何かを避けていく。地面に突き刺さるのは全て、先ほどと同じ稲の葉だった。
(何で、こんな物が)
 必死に考えながら逃げる蓮は壁に追い込まれていた。もう何個か飛んでくる葉が見える。
 壁を蹴り、斜め前に逃げる。その逃げた場所にも稲の葉は襲ってくる。
(一体何処から)
 向かってくる方向を探すが、どれもバラバラな方向から飛んできていた。
(チッ)
 周囲から一斉に襲ってきた葉に逃げ場はなく、蓮は鞄を振り上げる。
 何とか防げたが、鞄はずたぼろに破れて中身がどさどさと落ちていく。気にしている暇もない。
 再びやってくる攻撃に避ける。
 辺りは突き立った稲の葉で一杯になっている。素早く周囲に視線を巡らせるが、どんどん針山になっていくこの場にはもう逃げ場と呼べる物があまりない。
 何を思ってか近くにあった突き立つ稲の葉に手を伸ばした蓮は、そのまま先端を撫でていく。手を離した指先は真っ赤な血に濡れている。
(普通の稲の葉でないことはもう間違いないか。一体、誰が)
 逃げていく彼は思考を巡らす。追いつめられていくこの状況での挽回方法を、犯人を捜し出す方法を。思考を巡らす。
 その中で一つの変化に目がいき、彼は逃げていた足を止める。やってくる葉を最小限で避け、周りをみる。
 周りの小刻みに揺れていた。
(何だ、何が起きる)
 場を見極めようと睨み付ける蓮。小刻みに揺れていた葉は、ある時一斉に地面から抜かれ、空中の中で全てが蓮に向かった。一斉に襲いかかってくる葉の刃。逃げれないと歯を噛みしめた彼は、何も持たない腕を向かってくる刃に向けて一閃した。葉が落ちていた。他の葉も腕をなぎ払い落としていく。
 ぐしゃぐしゃに切り裂かれた黒の学ラン。その切り裂かれた部分から独特の輝きを持つ黒の何かが覗いている。それは年の割に細い蓮の手首には不釣り合いな鉛の板だった。
 落ちた葉から距離とり、周りを見渡す。また襲ってくる刃に蓮は逃げる。遠くまで逃げようとするのに、葉は回り込んで来て、上手くいかない。襲いかかるスピードが徐々に速くなっていた。
(クソ、これじゃ、逃げ切れない。……仕方ない)
 一度攻撃が止んだ隙間、蓮の手が足首に伸びた。かちりと何かを外した音が左右から一つずつ響く。足を払ったそこにドスリと重いものが落ちる音。鉛の板だった。
(これで各二十s。合わせて四十s。行けるかどうかは分からないが、まずはこれで試して、行けないようなら次は太股の重り。各四十s。合わせて八十s。最終手段としては学ランを脱いで重りを外す。100s。全部合わせると220sこれなら間違いなく行ける。だが、この重りを外したことはない……。
 頼むから、外させるな)
 願いながら彼は動いた。襲ってくる稲の葉に反応する速度は先よりも速い。今度は稲の方が追いつけていないほどだ。口元にゆったりとした笑みを浮かべ彼は逃げる。地面がえぐれ、時には壁までも破壊される中、彼以外の誰の声も聞こえないのは、ここが遮断された場所だからだろう
(普通の場所とは違う。異次元と考えるべきか)
 考えながら彼は動く。
(ここから出るためにはどうしたらいい。何か違いを見付けないと。いつもと違うところ)
  稲の葉が蓮を狙ってくる。
(この位置に俺は何度も戻されている。つまり、ここが始まりなり何なり、何かのポイントであることは間違いない。後は犯人らしき人を捜さなければ。ここにもし俺以外の気配があれば、それが犯人でまず間違いない
 探せ違いを。人の気配を)
 そうして鋭い瞳で辺りを見渡そうとする蓮に、それを覆い隠すようにたくさんの葉が襲いかかる。逃げずにそれを受け止める。ふっと足下にやってくる何かの気配に気付いた。
 気配から逃げるように刃の間を無理矢理通る。その時僅かながらに傷を負ってしまった。蓮が逃げ出した何かはまだ襲ってくる。それは長く長く伸びる稲だった。まるで蔓のように長く伸びた稲が蓮を狙ってくる。
 葉と稲両方が襲ってくる。段々追いつめられてくる中、蓮の手は太股に伸びていた。
 外すか外さまいか蓮が考える一瞬。
 その時、蓮を狙っていた葉たちが一斉にたたき落とされていた。響いたのは銃声。
 聞こえてきたところを蓮が見ればそこには見覚えのある少女が一人、拳銃片手に立っていた。
 名前は中川理矢。蓮が通う高校の制服を着ているが実際に通っているかどうかは不明。あやし事務所という妖怪事件を専門とする会社の社長だった。
「大丈夫しゃいか」
 理矢が問うのに太股にかけていた手を外しながら頷いた。その時の目はまるで約に立たない物を見るような目だった。
「ちょ、何その目しゃい。これでも私急いで来たんしゃいよ」
「あ、そう」
「本当しゃいよ」
 蓮を狙い振ってくる葉を理矢が打ち落とす。
「尾神蓮! こいつらは私がどうにかするしゃいから、あんたは今すぐ逃げるしゃいよ」
「はあ、逃げるって何処から」
「これ!」
 疑問を口にする蓮に理矢は何かを投げる。投げて寄越されたのは何かの札が着いた古びた鍵だった。
「その鍵を適当な空間でまわしんしゃい。結界解除の御札が貼ってあるから、この結界から逃れるしゃいよ」
「分かった」
 葉が襲ってくる戦いの場から蓮は急いで離脱する。逃げようとする蓮を多うと稲も走るが、ちょっと力を込めた蓮の走りに追いつくことが出来ていなかった。
 追っ手のいない空間で鍵を回す。きらりと鍵を回した場所が光ったと思えば、彼は先ほどいた場所に戻っていた。



 そこは紛れもなく彼が先ほどまで葉と稲に襲われていた場所だ。だが、そこには誰もいなかった。襲われた後である地面が抉られたような傷もない。
 結界から外へでれていたのであった。
 暫く外の世界で息を整えていた蓮は、後ろをふり返る。そこには結界など何処にも存在しないかのような日常が佇んでいる。
 余計な事になる前にでられた事は嬉しかった。だが、結局物事は何一つ解決していないのだ。
 結界の中にいる人物が犯人だと蓮は思っていた。そして彼が出会ったのは理矢という名の少女。但し少女が犯人である可能性は低い。そうであれば彼を助けたりはしないし、外に出したりもしない。彼女は言っていた。『急いできた』と、何処からどうやってきたのかは分からないが、だが、多分彼女は外から結界の中に侵入してきたのだろうと考えられる。
(なら、犯人はあの人じゃないとして、どこに居るんだ。……時間もなかったしでてきたけど、少し早まったか。もうすこし中で犯人を捜すべきだった)
 じっと虚空を探すが、入り口になりそうな物は見つからない。結界の中にはいるのは難しいだろう。
(仕方ないか。今日はもう帰ろう)
 そうして踵を返した蓮は己の格好を見下ろしたのだ。裾は破れている。鞄は手に持っていない。持っていたとしてもずたぼろで使える事はないだろう。両足がいつもより軽くスースーする。ため息を吐くしかなかった。
(重りは回収したら使えるとして、いつか回収できるかだな。今日中に出来ればいいが……。鞄は買い換えるしかないか。中に本が入っていたんだよなそれも回収できたらいいけど……。切れてる可能性もあるな。咄嗟に受け止めったが止めたほうが良かったな。ああ、後学ランも買い換えなければ。予備があるから明日はそれを着ていけばいいか)
 考え事をしながら帰り道を歩く蓮には風を切る何かの音が聞こえた。それは地面すれすれを走っている。バッと斜め後ろに飛び、その音の何かから回避する。
 それは先ほどまで蓮を襲っていた。稲と全く同じだった。うにゃうにゃと伸びて彼を狙う。
(な、もう一人いたのか。それとも結界が破られたのか。だが、そうならアイツの姿もあるはず、だが、ない。やっぱりもう一人。だが、例えそうだとしても何かがおかしい。
 何がだ、何がおかしい)
 襲ってくる稲を避ける。幸いな事に今回襲ってくるのは稲だけだった。周りに気付かれる事を心配しているのか、攻撃も結界の中のより何倍も大人しい。
 だけど、攻撃には先ほどよりも的確な意志があるように思えた。後ろに後ろにと追いつめ、前に進ませようとしない。道も稲が先回りして蓮に誘導しているようなところがある。
 何があるのかと彼は後ろを見た。その眼が納得とばっかりに強い輝きを持った。蓮の後ろ数メートル先、大きな川が流れてた。
 稲達はそこに彼を誘い込もうとしているのだ。
(そうは行くか)
 前にでようと一歩を強く踏み込む。邪魔してくる稲の上に飛び乗った。稲が振り落とそうと大きくうねるのに、彼は体勢を崩すことなく走っていた。このままこの稲を操る者の元に行こうと考えていた。
 だけど、突風が吹き荒れた。
(な)
 目を開けておくのも不可能なほどの突風。咄嗟に体を支えるがここはうねる稲の上。バランスが取れるわけもない。彼は後ろに押し出された。川の直前まで押し出されながら、ギリギリで耐える。強い風がさらに強く吹いた。
 押し出されそうになった蓮に、最後の一押しとばかりに稲が数本、襲いかかってきた。それは蓮を押し飛ばし、自らも蓮の体に縛りついていく。
 腕を上げる事も出来ない。彼は川の中に落ちていた



 冷たい水が体中に巻き付いている。
 喉の奥に侵入しようとやってくる。
 噤んでいた口は息が出来なくなってもう開けている。
 意識は全て遠のいているのに、それでもまだ気絶できない。
 呼吸の出来ない苦しさ。
 口の中、別の気管支に水が入り込んでくる痛み。
 そんな物が彼を襲う中も目を開けて耐えている。
 川は思っていた以上に深くて、どんどん沈んでいく。
 上に上がろうと藻掻こうにも、体に巻き付いた稲が邪魔で出来ない。

 ただ、沈んでいく事しかできなかった。

 やがて体がコトリと冷たい川の底に着いた。薄れていく意識の中でそれを感じる。全てが水で満たされて、息が全くでなくて、苦しいのに彼はまだ意識があった。
 それでも薄れている意識は考える事が出来ていなかった。

 ゆっくりと瞼が閉じていく








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