紅い月−七つの謎と黒い影−

MISSION*12 



「いえ〜〜い!今帰ったぜぃ!」

「奈緒様……っ!」


ガラッと図書室を開けて入ってきたのは丸井と紫音だった。怪我の治療で元々図書室にいた奈緒率いるメンバーと、既に戻ってきていた人体模型を倒しに行った雪羅率いるメンバーみんなからのお帰りを受ける中、紫音はソファに横になっている奈緒を見つけると一目散に走っていく。


『おかえり紫音、無事───。……霊力食わせたのか』

「私は大丈夫です。そんなことより奈緒様───」

『紫音、私はお前が無事で何よりだ。これは君のせいではない。だから無理も無茶もしないでくれ』


泣きそうな顔でじっと奈緒を見る紫音の頭を撫でると、彼女はゆっくりとソファから起き上がりながら「ご苦労だったな」と微笑んだ。


「あれ?蒼音はまだ戻ってきてねぇの?」

「え?まだ戻ってないけど……と言うか蒼音と一緒に行動してたはずだよね?」


きょろきょろと辺りを見回し呟いた丸井に、幸村が首を傾げた。それが途中ではぐれちまってさぁ、と幸村の問いに答えたが、あの人一倍頭のきれる蒼音が、紫音や丸井が骨格標本を倒したことを想定してこの場所に戻ってきていないということが彼にとって少し不思議だったのだろう。奈緒が負傷している今、心配ですぐさま戻ってきそうな性格なのに、なんて思いながら「まぁ蒼音だからそう死なねーとは思うけどよぃ」と笑った。


『……まぁ、戻って来ないと言うことは何か他に考えがあるかも知れない。……あまり時間もないし次に行くぞ。水蓮、ありがとな』

《でも主、まだ傷が完全に塞がりきってないので無理は禁物ですよ!特に全力疾走!》

『この状況でそれを言うのか?』


君は厳しいことを言うな、と苦笑しながら奈緒は立ち上がると、その場で大きく深呼吸した。微かな痛みは残るが時間もない今、そうこうしている暇はないのだ。水蓮の言う通り、無闇に動き回ることも出来ない。
次に呼ぶまで君たちは休んでてくれ、と水蓮と白蓮に命じて式札に戻した奈緒は、それを丁寧に胸ポケットへしまった。
残りの謎は4つ。そして肝心な残り時間は、7時間を切っている。
まだ半分も達成していないのだ、序盤で負傷なんて笑えたものじゃない、と大きく息を吐きだす。そして両手で頬をパチンと軽く叩いて、よし、と気合を入れ直すと図書室の出入口に向かって歩き出きだした。


「奈緒先輩!次どこ行くんスか!」


廊下、図書室、理科室と終わり、次はどの場所が発生する可能性が高いだろうか。音楽室、美術室と色々発生しそうな場所はあるだろうが、どんな妖で、どんな対処をしなければならないかの検討が皆目つかない。これを言ってしまえば全ての謎についてそう言えてしまうのだが、たった1つだけ。
1つだけは、当たる確率が高めな謎がある。どこの場所にもあり、誰もが知っているであろう定番中の定番の妖。いや、都市伝説と言ったところか。


『……3階トイレに行くぞ。』

「!……トイレの花子さんっスね!」


真っ先にそう反応した切原に、流石だなと小さく笑う奈緒。彼女の考えを見事に言い当てた切原は、ガッツポーズをすると、へへんと得意げに笑った。


「何で分かんだよ赤也」

「こんなんも分からないなんて先輩もまだまだっスねー!」

「どっかの1年坊主の真似すんなムカつくから」

「ブンちゃんこいつ奈緒にちょーっと褒められたからって調子に乗っちょるぜよ」

「はいはい、3人ともどうでもいいから早く行ってくれない?時間ないの分かってる?」


幸村の笑顔の圧力にぶるっと身を震わせた切原、丸井、仁王の3人は、すぐさま奈緒と紫音に続いて図書室を出た。



* * *




「えっと〜確か降霊させるにはトイレの手前から3つ目の扉に向かって“花子さん、遊びましょ〜”て言うんだったよねぇ?奈緒ちゃん?」

『3回ノックしてからな』

「あ、そっか」

「な、なあ。これ俺らも入んの?」


女子トイレに着いた奈緒たち。場所も造りも広さも、何から何まで"立海"に似ているこの建物はやはりトイレもそれと同様であった。ただ違うのはおどろおどろしい雰囲気と鼻を刺激するカビの臭い。
そんな電気もつくはずのない薄暗いトイレに早速戸惑うことなく入って個室の扉の前までやってきた雪羅は肝心なトイレの花子さんの呼び出し方について首を傾げたのだった。紫音は奈緒の隣で小さく溜息を吐く。
外から女子トイレを覗き込むように顔だけ見せた丸井は、現実の立海でないにしろ“女子”トイレに入ることに抵抗があるようだった。丸井と同じことを思っていたらしいレギュラー全員は中へ入ってこようとはしない。


『好きにしろ。生憎ここは異空間だし、入ろうが入らまいが問題ない。むしろこの状況で責める奴なんて誰もいないだろ』

「そうだよ逆に何に抵抗してるの?この状況で」


───ただ1人を除いては。


「……幸村君は遠慮しなさすぎと思」

え?なんて?

「ごめんなさい」


あはは、この状況でやましい気持ちがあるほうが逆に可笑しいけどね。まぁそんなに抵抗あるんだったらその場で待機してたら良いんじゃないかな。ブン太だけ。
なんて言いながらも相変わらず笑顔な幸村と顔が真っ青な丸井の会話をいい加減にしろと遮った奈緒は「時間が無いって言ってるだろ。いいから入れよ、ほんと呑気な奴らだな」と軽く舌打ちをして睨んだ。


「ハーナッコサーン、アッソビーマショー!」


そしてその会話さえも待ちきれなかった雪羅がすでにドアを3回ノックして花子さんを呼び出しているのに気付き、深い溜息を吐く。協調性がないやつが多すぎて、ツッコむのも疲れる。なんだここは動物園か。
幸村に続いてそろーっと入ってくるレギュラーたちを奈緒は無視して、扉の向こうの気配の揺れに集中してみるが、特にこれと言って感じられなかった。


「花子さーん、遊びましょー!」


もう一度、雪羅が3回ノックして呼んでみるが反応はない。


『……はずれか?』

「うーん、残念。いないかぁ花子さ───」


ガンッ!!


それは唐突に、扉を物凄い勢いで蹴り上げたかのような大きな音が建物に響き渡り、全員がびくっと肩を震わせただろう。
誰も声を上げることなく、しん……と静まり返った中で、その音の鳴った扉を見つめていれば小さな舌打ちのような音が奥から鳴った。


「……奈緒、須藤。どうやら当たりだ」


その声の主に目を向ければ、柳が本を開いて彼女たちに見せた。立海七不思議に関する本の空白のページだったそれは、じり、じり、と文字が浮かび上がろうとしている。
数ある中から一か八かでそれを選び抜いたのは間違いではなかったと、奈緒は内心ガッツポーズをした。


「……あれえ?いるじゃん。おーい花子さーん!遊びましょー」

〈…………。〉

「んん〜?恥ずかしがらずに出ておいでよ〜〜!花子さーん?遊びましょー!ねぇねぇ聞いてる花子さん?ちょっとー、早く出てきなよあそぼー花子さん!」

〈うっさいって言ってんでしょーがオラァ!!!!!〉

バンッ!!


「「(いや、うるさいとは言ってない……)」」


思いもよらない怒号ののち、勢い良くトイレの扉が轟音と共に開いた。
全員がその音に驚きつつもそっとトイレの中を覗けば蓋のされた洋式トイレに脚を組んで座っていた少女がいた。ミディアムショートにパーマがかかっている金の髪、白い襟シャツに、赤いハイウエストのタイトスカート姿の少女は、エメラルドグリーンの瞳をこちらに向け、キッと雪羅を睨みつけた。


〈口を開けばどいつもこいつもハナコハナコハナコハナコほんとうっさいんだけど何なのほんとアイツばっかり呼ばれちゃってさぁ!ぇえ"?ちょっとそこのアホ面の何んも考えてなさそうなあんぽんたん!私にだってちゃんと百合子って名前あんのよバカ!死ねよ!〉

「え、酷くない……?」

〈これだから能天気そうな奴は嫌いなのよ。私の名前は百合子。いい?そこの間抜け面!ゆ、り、こ!はいリピートタフタミー!〉

「ゆりこ!」

〈そうよろしい!〉


ハァ〜〜ほんと嫌になっちゃう……と未だにぶつぶつ呟いている少女。そこまで言うか、と言うほどの罵詈雑言を雪羅に浴びせた花子───否、百合子と名乗った霊はあからさまに深い溜息を吐いた後、雪羅の後ろにいた奈緒を見つけ目を見開いた。


〈あら真緒じゃない。久しいわね、帰ってこれたの?〉


手を振って微笑んだ彼女のその言葉に、今度は奈緒が目を見開く番だった。


『……母を知ってるのか、』

〈は?……ああ、そういうこコト。知ってるわよ。あの時もいたもの、私。通りで瀬奈もいないし、変な奴ら大勢引き連れてんのね。てことは、アンタは真緒のムスメの……確か、奈緒、でいいのかしら?〉


目を細めほくそ笑む少女は足を組み直して、小さく頷く奈緒を見つめながら、ふーん、と呟いた。


「……どうやら、話は通じるようだね」

〈あら失礼しちゃうわね、そこの青髪のイケメンくん。私怨霊じゃないもの。他の脳筋と一緒にしないで頂戴。そんなことよりアナタたち今いくつ解決したのかしら?〉

「まだ3つだよ」


話が通じる、という幸村の言葉に百合子は苦い笑みを見せた。
トイレの花子さんだって中々に有名な都市伝説だ。テケテケ、メリーさん、人体模型に骨格標本、そんな難易度の高い不思議に出くわしてきたため、今回もそう簡単にはクリア出来ないだろうなと腹を括っていた。何より、奈緒は負傷のせいで全力が出せない。
だからそんな彼女と普通に会話できていることに、強張っていた筋肉と緊張が一気に解れるのが分かった。


〈ふーん……こんなに大勢の人と会うなんて中々久しいわ。喋ったのもいつぶりかしら。大抵の奴は、ここに来る前に廊下で死んじゃうから〉

「そりゃ初っ端からテケテケなんかと出くわしたら普通に即死っスね」

〈あら、今回テケテケだったのね。前の……、真緒の時は確かターボばあちゃんだったって言ってたわよ〉

「うっそ、口裂け女より速い奴じゃん。やっぱ奈緒ちゃんのママパパ凄いねえ!」

「確かにそれも凄いんじゃがツッコむべき所はそこじゃないナリ。……ゆりこ、“今回は”というのはどういう意味なんじゃ?」

〈良い所に気付いたわね、銀髪クン。と言うか早くにここに来れたのは本当に運がいいわ。聞いて喜びなさい。……七不思議が発生する場所、私全部知ってるわよ〉


本当か!?と全員が驚いたのは本日何度目だろうか。百合子はそんな彼女たちの反応を見て、ふふんと得意げに笑った。


「えっ!でもなんで!?」

〈この学校の七不思議のキーパーソンとでも言うのかしら。まあ成仏されるごとに穴埋めの形で次から次へかとやってきちゃうから何がいるかまでは把握しきれてないけどね〉

『……と言うことはつまり、七不思議自体が消滅することの無い造りになってる……と言うことだろ』

〈やっぱり察しが良いわね。放送が聞こえてきたでしょ、"あの子"よ。……とまあ、ひとまずそれは置いておくとして、教えて欲しいんでしょ?ゴールへの近道だものね。1回しか言わないからよおく聞きなさい〉


百合子は言葉を続けた。廊下、体育館、理科室、音楽室、美術室。後は“時間経過“での発動ね。そこに行けば“それ”が発動するわ。彼女は柳が持っている1冊の本を指差しながらそう言った。立海七不思議に関する本。七不思議が発動すると同時に空白のページに詳細が浮かび上がる本で、確認しろと言うことだった。
つまりこの立海七不思議を確実に攻略するためには、本と百合子からのヒントが必要不可欠ということだった。
廊下のテケテケ。理科室の人体模型に甲骨標本。そしておそらく時間経過発動はメリーさんだろう。百合子曰く、時間経過発動は開始から1時間半経てばどこにいても自動で発動する不思議のようだった。そしてその時間はぴったりメリーさんに当てはまるのだ。確かに発動場所が図書室の場合、七不思議に関する本を探すのは困難だ。


〈でもアナタたち……えっと、そっちの人間たちは兎も角、奈緒たちは七不思議に迷い込んだって感じじゃなさそう。何か理由があって来てるわよね?〉

『ああ。最近ここの生徒が原因不明の病気や怪我で休んでてだな……』


あ、そう言えばそうだ!思いっきし忘れてた!と言いながら手のひらをぽんと叩いた雪羅を無視して、奈緒は簡潔に百合子へ七不思議でこちらに来る前の学校と生徒たちの状況を伝えた。
七不思議が関係している所までは行き着けた。だが正直、奈緒も七不思議に手一杯な状況。病気や怪我、その根本となる原因の手掛かりすら、何も見つけられていなかった。
……やはりそのことだったか。と呟いた真田の隣で柳は静かにメモを取っていた。奈緒の言葉に、小さく相槌を打つ百合子は腕を組んだままうーんと唸る。


〈なるほどね……けど残念、私はそのことは全くと言って耳にしたことはないわ。……ただ、いっこだけアドバイスするとすれば、七不思議が全部終わった瞬間に別の部屋へ飛ばされて終了しちゃうから気を付けたほうがいいわよ。〉

「ふむ。つまり、七不思議の最後の1つを解決する前にやりたいことは済ましておけ、と言うことだな」

〈そうそう。糸目クンの言う通り。あまり役に立てなくてごめんなさいね〉

『いや、十分だよ。百合子、君のお陰で助かった。正直、手掛かりがなくて私も参ってたんだ。この七不思議に手を出すことは極力したくはないと思っていたくらい何の情報も無かったからな』

〈ふふん、もっと褒めてくれても良いのよ。……まぁ真緒と瀬奈の娘がいるんだから簡単に死んじゃ面白くないわ……って言っても、中々苦戦してるようだけど。アンタ凄いわよ。血の匂いって言うか強い霊力の匂い。流石は鬼の子ね〉


百合子のとある言葉に、奈緒は一瞬眉を顰めた。


『……なぁ、最初から気になってたんだが、その“鬼の子”って一体どう言う意味なんだ?』


今まで解決した謎───メリーさんやテケテケがその言葉を口にしていた。どちらも奈緒に向けて言っていたことは、彼女自身も理解出来ていたのだが、やはり意味までは分からない。何の意があってそう呼んでいるのかが、不思議で仕方なかった。
けれど百合子は、キョトンとした顔で奈緒を見つめていた。


〈どうって……そのままの意味よ?アナタの血に鬼の血が混じって流れてるの〉



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