どこにいても。
眠れなかった。てゆーか眠れるわけがない。
昨日あのことを知って、夜ベッドの中でずっと考えてたら、いつの間にか明るくなっていた。今、俺の頭の中にあるのは、先輩は大丈夫なのかって事だけ。身体的にも…精神的にも。
俺はずっとそのことを考えながらトボトボと雷門中へ登校してきた。先輩に会いたい。そう思った刹那、肩をトントンと叩かれる。何だよこんな時に…と思いつつ振り帰って見ると、
「!!?」
「やっ!おはよ、マサキ君っ!」
にっこりと笑みを見せた武藤先輩がいた。
「お、おはようございます…」
「…どうかした?元気ないねー!」
いつもの先輩だ…。結構前からあんなことが起こっていたとしたら…やっぱり慣れて…?
でも、神童先輩と付き合ってるんですよねって聞いた時、すっごく嬉しそうに笑ってて……いや、でも何となくあの笑みには違和感があった。何かぎこちないというか。
あぁ…そっか、そう言えば、神童先輩も武藤先輩もモテモテで人気カップルなんだっけ。空野さんやみんなも言ってたしな…。何度も俺が言ったような事を聞かれてれば絶対に慣れる…か。
「…昨日、ちょっと眠れなかっただけですから。大丈夫ですよ」
そう言って、久しぶりに猫被りの笑顔を見せた。
「そっかぁ…授業中に寝ちゃだめだよー?」
「(…いつも寝てるけどな…) は、はい…」
「よし、頑張れよ〜少年っ!」
そう言ってにこにこ笑いながら俺の頭をわしゃわしゃ撫でる先輩。
「先輩こそなんですかそのテンション…てゆーか子供扱いしないで下さいよ!!」
「ごめんごめんつい…。…ホントごめんね?」
先輩の、この口癖のように言う“ごめん”もやっぱりあのせいなんだろうか…。無意識なら…辛い。何も悪くないから、謝る必要なんてないのに…
「…先輩、…ごめん何回言ってるんですか」
「え、そんなに言ってる?」
やっぱ無自覚か…。よし、こうなったら…
「結構言ってますね。無意識ですか?先輩も何かあったんじゃないですか?」
そう言うとほんの一瞬、先輩の目が泳いだのが俺には分かった。
「やだなぁ…!何言ってんのマサキ君っ!…あ、私、先に行くね。拓人が待ってるから!」
…何で。何で先輩は…耐えられるんですか。今の状況に…。暴力振るわれてるのに、拓人、拓人って。
俺、今の先輩は嫌いだ。俺は、急いで行こうとする先輩の背中を見つめながら、武藤先輩の名前を呼んだ。
「武藤先輩っ!!」
俺は、先輩を…助けたい。
「…ん?」
笑いながら振り向く先輩を真っ直ぐ見て言った。
「昼休み、屋上に来て下さい!大事な話があります!!」
「……え?」
俺はそう言った後、ポカーンと口を開けてる先輩を追い抜いて、雷門中へ向かって速足で歩いた。
守りたいんです。キミを。どうしたら俺が守ってあげられますか?先輩。
「かぁ〜りやぁ〜ん」
「………。」
「かぁーりぃーやぁー?」
「……何だよ天馬君。あと信助君に空野さんも…」
やけににやにやしている3人を見て嫌な予感がするのは俺だけだろうか。もう少しで雷門に着こうかって所で後ろから聞えたテンションが高そうな明るい声。
「狩屋、武藤先輩に告白するの!? 大事な話があるってさっき言ってたよね!?」
「神童先輩と付き合ってるのに!!?」
「わざわざフられに行くの!!!??」
「……違う。」
俺はハッキリ言った。真剣な表情で。
「え、どういう…」
「とにかく違う。告白より…そんなことより、もっと大切な話」
俺はそれだけ言い残すと、先に歩いて学校へ向かった。
「…狩屋、どうしたんだろうねぇー?変なの」
「何か悪い物でも拾って食べたんでしょ!!」
「天馬…それ笑顔で言う言葉じゃないから…」
「てか、告白よりも大切って…つまり狩屋、やっぱり武藤先輩のこと好きなんじゃん!! 好きって認めてるよね!!」
「「…あ。」」
──────────……
『───昼休み、屋上に来て下さい!大事な話があります!!』
勢い任せであんなこと言っちゃったけど、来てくれるかな…先輩。
現在、昼休み。とうとうこの時間が来てしまった。俺は屋上の壁にすがって体育座りをしたまま、その場で伏せている。この体勢でかれこれ10分。
眠くはなかった。やっぱり眠れない。今日の授業だって頭に入ってこなかった。まぁ、これはいつもの事だけど。
先輩、まだかな…。そう思いながら顔を上げる…と。
「…おはよ?」
「せっ、先輩!!?」
先輩が俺の隣にちょこんと座っていた。
「いつからそこに…っ!?」
「んー…10分くらい前かな?」
※寝てると思って起こさなかった人
「そうですか…何かスイマセン…」
※寝てなかったのに気付かなかった人
先輩は昨日眠れなくて寝不足だったんでしょ?だから起こさない方がいいかなと思って…と笑いながら言った。今の笑顔は、本物のような気がする…。
「…それで、話って何?」
武藤先輩の問いかけに俺は真剣な表情で先輩と向かい合った。
「先輩は…神童先輩と付き合ってるって言ってましたよね?」
そう言うと、「うん、そうだよ」と答える。まぁ、これは大切な事を話す為の前置き、みたいなもの。
本題はここから、だ。武藤先輩は絶対に誤魔化してくる。100%、確実に。
「じゃあ…武藤先輩は、本当に。…神童先輩のことが好きですか?」
そう言うと、先輩は目を丸くした。そして、
「…好きだよ?」
突然そんなこと聞いてきてどうしたの?と言って先輩は笑った。でも、いつのも心から笑ってるような笑みじゃない。なんて言うか…笑いがぎこちないって言うか。そう…これは、作り笑いだ。俺も良くするから何となく分かる。本当の笑みではないというのが。
そう確認すると同時に胸の辺りがズキッと痛んだ。もう、先輩の“嘘”の笑顔には騙されない。
「本当ですか?本当に好きなんですか?…暴力を振るわれても。」
「…好きだよ?てゆーか暴力って何…」
先輩からフッと笑顔が消えた。
「暴力は暴力ですよ。神童先輩から暴力振るわれてるんでしょ?あの頬のケガも…」
「違う…!! そんなことあるわけない!」
じゃあそんなに焦ってるのは何でだよ。俺は流石にイラッと来て先輩の腕を掴み、制服の裾をバッとめくる。そこには痛々しい無数のアザや傷が腕にあった。
俺も流石にここまで傷があるとは思ってなかった…
「……これは何ですか?」
「…っ、ちが、う…ちがう、違う、違う違う違う…」
首をただ横に振りながら“違う”とだけ言い続ける先輩。俺は、そんな先輩を抱きしめる。
「もう…無理しないで下さい。作り笑いとか、見てる俺の方が辛いんですよ…」
俺は先輩をぎゅっと抱きしめたまま静かにそう言った。先輩は無言のまま。
「……先輩…?」
少し不思議に思って先輩から離れて見ると、ポロポロと涙を零しながら先輩が泣いていた。
「…拓人は、私がいないとダメなの…」
「!!? …だからって…!」
「私がいないと…拓人が壊れちゃう…っ」
「でも先輩の身体がもちませんよ!!」
「私の事は…っ、別にどうだっていい…!! 拓人が、ダメになっちゃう、より…断然マシだよ…っ!!」
自分の身体より、神童先輩のほうを優先するなんて…。泣いている先輩を見つめながら、頭の隅であることを思い出した。
共依存。
例えば、親子がいて、親が子に暴力…つまりDVをするけど子は嫌がらず、むしろ“私がいるから親は今、普通にいられるんだ”とか“私が至らなかったから起こったこと”と考えて暴力に耐えている。依存症の1つだ。
先輩の場合は、私がいてあげないと神童先輩は壊れる。だから、暴力を耐えて側に居てあげている、そんな状況。だからこの共依存に近くないとは全然言えない。
「ひっく…お願い…っ、このことは、誰にも言わないで…っ!!」
その言葉に心の底から腹が立った。この人にも、神童先輩にも。
自分は壊れてもいいとか言ってるけど…アンタが壊れたら神童先輩の傍に居ることだって出来ないの、分かってないだろ。
先輩は性格が良すぎて…優しすぎて、いつか絶対ダメになる。絶対、確実に壊れる。
「お人好し過ぎんだよアンタは…!!!」
「!! うぅぅ…っ、」
「自分の事はそっちのけで人の心配ばっかり!嘘も下手な癖に1人でずっと抱え込んで…どうせ親が帰ってくるのが遅いから怪我のことバレなくて済むとか思ってんだろ!!? もっと誰かを頼れよ!!」
俺は先輩に向かって怒鳴った。武藤先輩は涙を流し続ける。
だけど、俺もそんな先輩を好きになったんだ。全く、馬鹿だよな。先輩なんか、最初から好きになんなきゃ良かったのに。
「…まぁ先輩がそこまで言うなら誰にも言いません」
こんな事言ってる俺も十分お人好しだ。俺の言葉に先輩はふにゃ、と弱々しく笑ってありがとうと呟いた。
「ただしっ!」
「ふぇ?」
「何かあったときはすぐに言ってくださいね」
俺は先輩の目を見てハッキリ言った。
「どこにいても…俺が先輩を必ず守りますから」
「!?…っ、」
先輩はまた目を丸くした。そして、くすっと笑う。
「ありがとう…!」
「まぁ、初めて出会ったときの恩を返しただけですけどね」
「あ、あの…えっと…鶴の恩返しの…」
「プリントの件ですよ?鶴の恩返しって何ですか…?」
そんな変な会話をして笑いあう。先輩の、本当の笑顔を見ることが出来て良かった。
俺が守る…先輩を。
「マサキ君…」
「…はい?何です…」
先輩の方を向く前に、頬にちゅっと言う音が鳴る。
「じゃ、きょ、教室戻るね!ありがとう…っ!!」
───バタンッ…
大きな音がして扉が閉まった。
…ぇ、え?今…ん?ほっぺに………き、きっ、きききキス…されたぁぁ!!!??
俺はそう理解するまでに時間がかなりかかった。理解できた時には既に顔が熱い。あぁ…俺、今耳まで真っ赤なんだろうなと察知する。
正直、いろんな意味で教室には戻りたくなかった。
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