神様はいない | ナノ

番外編 ふたりの再会 1/4
 もうどれくらいになるだろう。ーーー暗部に入ってからそんなことすらも考えなくなった頃、オレは三代目火影様に呼び出された。そして告げられる。暗部の任を解き、正規部隊に編成する。そして下忍の担当上忍になる様に、と。
 そこでふと考えた。自分が暗部に編成されたのは恐らく13歳のときで、今年でもう25になる。感じていた月日の倍以上の年月を暗部として任務を全うしてきたんだなと、急に時の流れを感じた。
 上からのお達しに最初は首を横に振ったが、強く説得されては受け入れざるを得ない。まだ肌寒さを感じ、桜の蕾が膨らみ始めてきた頃、こんなオレは人を指導する立場になった。
 その後、それらが一輪ずつ開花し始めたように感じたあたりで初めて受け持った、アカデミー卒業生の下忍試験。希望に満ちた瞳を携えた彼らを見事不合格にしたあと、それについての報告に上がった。

 報告も用事も終わり、さて帰ろうか。そう思いながら建物から一歩外に出たとき、こちらに歩いてくるひとりの女性に妙に引き付けられた。というのもピンと伸ばされた背筋、その姿勢の良さにどうも見覚えがあるように感じたからだ。
 相手が近付いてくるのを、あちらから訝しげな視線を送られてくるほど見つめてからようやく気がつく。少女から女性へとその顔立ちを変化させてはいたが、いつぞや第三演習場の側にある慰霊碑の前で出会った彼女に違いない、と。
 どうやら相手もオレに見覚えがあったらしい。互いの顔がしっかり認識できる距離まで寄ってきてから、同じようにこちらをじいっと見つめ、ハッとした様子で目を見開いていた。

「あ、あのときの」
「うん、そう」

 久しぶりだね、と続けてからふと思う。この子と会うのは一体、何年振りだろう、と。

「あれは5年ほど前でしょうか」
「…オレたちが出会ったときの話してる?」
「はい。わたしがちょうどアカデミーを卒業して下忍になったときなので」
「そんな前になるんだ」

 時間の経過に改めて驚いていたら、彼女はこちらに正面から向き直った。そして深々と頭を下げている。

「その節は本当にありがとうございました。教えを請うたのにもかかわらず、名乗らずに申し訳ございません」

 垂れていた頭を上げるなり、ぺたりと顔に貼り付けたような笑みを浮かべ、堅苦しい言葉遣いでそう言うのに、オレはむず痒いような変な感覚を味わう。
 薄れかけた記憶の中だが、こんな不自然で下手くそな笑顔をくっつけているような子だったっけ、と疑問に思った。

「七瀬ななこと申します」

 その鉄壁の笑みを崩さずに彼女、七瀬は名乗った。思い出と目の前の姿が上手く紐づかず、オレは呆気に取られてしまう。
 あのときのほうが今よりも自然な表情を浮かべ、さらには涙を流していたのに何がどうなったのか。

「では、引き止めてすみません」

 そんなタイミングで彼女はあっさりと会話を終了させた。そして今度は軽く会釈をし、オレが今しがた出てきた建物へと向かうためか、彼女はこちらに背中を向けた。

 風が吹かずとも、その髪がなびく。



 5年も前になると七瀬は言っていた。そんなにも時間が経過したとは思えないほど鮮明に、その瞬間が今よりも背の低い彼女の残像と重なる。
 他者と馴染むのが苦手だ。そう言いながら涙を流し、それでも誰のせいにもせず、しっかりと自分の足で立ち上がった七瀬。彼女は真夏の太陽というよりは春の木漏れ日が似合うような柔らかい笑みを浮かべて、感謝の言葉をオレにくれた。

 自身の浅はかな行動で、チームメイトをふたりも死なせてしまった自分に。
 


「………ねえ、」

 背中が遠のくのを名残惜しく思った。だから引き止めてしまったが、七瀬が振り返る頃には「えーと……」と呟いて視線を下方に落とすなど、自分の言動に動揺していた。
 というのも別に彼女に用事があるわけでもない。「まだ何か?」と問いかけられ、視線を向けられようとも「いや、」と濁すことができない。

「……もうお昼ごはん食べた?」

 咄嗟に出てきた話題に、七瀬はすぐに返事をしなかった。ちらりと見れば、彼女はキョトンとした顔でこちらを見上げていた。
 
「いえ、まだですが」
「……よかったら一緒に食べない?」
「……構いませんが、報告に上がらないといけないので待っていただくことになります。それでもよろしければ」

 なんだこれは、と言いたそうに眉間に皺を寄せ、それでもこちらの提案を受け入れてくれた七瀬。そんな顔しながらも受け入れてくれるんだ、と思ったらオレは思わず笑ってしまいそうになった。

「うん、待ってる」
「わかりました」
「することないし、ついていこうかな」
「手伝っていただくようなことはないですよ」
「後ろから見てるよ」
「それはそれで気まずいですね」
「……ほんと、はっきり物言うんだねえ」

 するとハッとしたように口元を手のひらで覆った七瀬は、バツが悪そうなものに表情を変化させて俯く。

「あの日、あなたに指南いただいてからハッキリ言うようにしていたら、今度は加減がわからなくなってしまって……」
「なに? オレの指導を受けたこと後悔してる?」
「いえ、わたしの努力不足です」
「……そう」

 最後だけは顔を上げ、これまたハッキリと言い放った七瀬は真っ直ぐな瞳をこちらに向けてくる。本当に忍者という道を歩んでいるのかと疑うほど、血の気配や穢れを宿らせない眼だった。

 肩を並べ、その背中を押す。引き止めてしまったことを謝りながら、どんな任務についていたのか尋ね、話題を振った。
 七瀬は素直に返事をした。それは本当に尋ねたことだけに対しての返事で、彼女からこちらに質問を返してくることはない。
 他者と馴染むのが苦手。過去にそう言っていたのがすんなりと信じられるほど、コミュニケーションは不得意なようだった。会話は成り立つが、それを派生させるのができないんだろうなと彼女の傾向を把握したあたりで、七瀬は「すみません」と謝った。

「謝るようなことあった?」
「はい、わたしと会話するの大変でしょう。よく言われるんです」
「そうかな、楽しいよ」
「……お世辞ですか?」
「あ、そんな感じで疑問に思ったことは聞いてくれるといいのに」
「……善処します」

 相変わらずの堅い物言いに、また笑ってしまいそうになる。

 なんだろう、変なの。そう思いながら、ピンと背筋を伸ばして歩く七瀬の横顔を眺めた。

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