神様はいない | ナノ

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 任務の報告を終えた七瀬に何か食べたいものはないかと聞くと「いえ、特段好き嫌いはありません」と返事がきた。どこかズレている返答に何度目かわからない笑いが込み上げてきたものの、それを飲み込んで考える。
 そして結局は待機所から一番近い定食屋に向かった。そこなら肉でも魚でも揃うなと思ったからだ。

 大した会話もなく道のりをふたりで歩く。チャクラを使ってサッサと店に着くこともできたが、あえてそうしてみた。会話のない時間だったが、特に気まずく思うことなく過ごせるのに妙な安心感があった。
 ちらりと横を盗み見て、なんとなくその理由を察した。無言を全く気にしていなさそうな七瀬の姿があったからだ。
 風が吹けばそれに目を細め、何かいいにおいが漂えばそちらへ意識を向けている。すぐ横を、楽しそうに走り抜ける子どもがいれば、さり気なく避けながら意に介す素振りも見せない。
 そんな七瀬に対して、こちらも無理に話題を作らなくてもいい。ふと思うことがあって話しかければきちんと反応がくる。何も隠すことなくストレートに言葉が返ってくるのだ。

 自分も良い年齢だから、男女の色恋はそれなりに経験してきた。彼女たちは最初こそ物分りのいい振りをして、時間の経過と共に様々な疑問や不満をオレにぶつけてきた。暗部に所属する自分には答えられないことも、叶えてあげられないことも全て。その度に悲しい顔をされ、涙も見た。すぐに別れを切り出されることもあったが引き止めずにいた。すると余計に彼女たちは泣いた。すがりつかれ、自分の気持ちは燃え上がる前に氷点下まで下がる。ーーーオレに一体どうしろというのか。



「ここですか?」

 珍しく疑問形だなと思ったら、もう目当ての店の前だった。紫色の暖簾が下ろされた入り口を彼女は指差している。

「…ああ、そうだね、入ろうか」
「その前にひとつよろしいですか?」

 引き戸に手をかけると、七瀬はそれを制止した。これまた珍しいことが続く……と思っていたら、彼女は少し悩む素振りを見せてから口を開いた。

「その顔はいつも人に見せていますか?」
「え、顔?」
「額当てとマスクで覆った素顔の話です」

 笑みもなく真顔で聞かれてから、ああ、と理解した。その手の話題は女性からよく振られる。なんだ、七瀬も他と疑問に思うことは一緒なんだな、と思ったが、なんて返事をしようか悩んだ。

「七瀬も見たいと思う? オレの顔」
「いえ、全く。……ああ、そもそも確認しなくてもよかったですね。失礼致しました」

 ばっさりと切り捨てた七瀬は店内に入るや否や、立てた2本の指を店員に見せた。そして迷うことなくカウンターへと進み、空いた2席の右側を選んでサッサと腰を下ろしている。
 置いてけぼりを食らったオレは呆気に取られたが、はたと我に返って彼女の横に座った。

「……なんの確認だったの?」
「普段、素顔を見せていないのなら、わたしが見てしまわないようにしなければと思いました」
「へえ……それでカウンター?」
「ええ、横並びなら防げます」
「何を防いでくれるつもり?」
「あなたの素顔の拡散です」

 超がつくほど真面目に返事しているが、その言い回しが絶妙に野暮ったい。ちらりと盗み見たらこれまた真剣な顔をしていることに、今度は堪えきれなかった。
 思わず吹き出してから店の中であることを思い出し、笑い声だけは必死に抑えるが、肩が震えるのはどうにもならない。顔を伏せ、ひとりで戦っていたら「大丈夫ですか」と声がかかる。
 横を見ると七瀬はまた真顔だった。紙に書かれたお品書きを見ながら、「えーと」と言葉を選んでいる。

「すみません」
「今度は何に謝ってくれてるの」
「また見当違いなことを言ってしまったのかと思いまして」
「いや、気遣ってくれて嬉しいよ」
「そうでしょうか……よくチームメイトから会話クラッシャーと言われるんです」
「それはまたすごいネーミングセンスだね」
「ええ、何も言い返せません」

 そう返事しながら七瀬は「から揚げ定食にします」と、昼ごはんを食べるために着々と準備を進めている。
 適度に放っておかれるのは居心地いいんだな、とぽつんと思いながら、彼女が未だ手に持つ”お昼の定食”の文字に視線を落とした。

 それからまた特に話をすることもなく食事を済ませてから会計をするとき、伝票に手を伸ばそうとする七瀬を制止した。オレが誘ったんだから、と。だけど全く止まる素振りを見せない彼女にまた笑いそうになってしまいながら、寸でのところでその紙を先に握ることに成功した。

「奢っていただく理由はないので」

 そう言って、オレが上に掲げた伝票に必死に手を伸ばす姿に可愛らしさを覚えながら、自分の背中側に彼女を追いやって会計を済ませた。

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