神様はいない | ナノ

第三話 1/2
 わたしが忍者というものになんとなく憧れるようになったのは、母からよく聞かされていた父の話のせいだと記憶している。

「お父さんはすごかったのよ」

 口癖のように言われる本人はもうこの世にはいない。第三次忍界大戦で死んだ。
 父はいつも無表情で口数の少ない人だった。実の娘にも敬語で話すほどにだ。それが理由かどうか定かでないが、わたしは幼少期から人付き合いが得意ではない。

 距離感がわからない。だから多めに間を取るようにしていた。それを縮めてくる人を拒むことはしなかったけれど、いつも対応に困った。だから適度な距離の取り方を必死で考え、表情の作り方を覚えた。人と接するときは笑顔で相手に不快な思いを与えないよう努めた。
 だがそれが裏目に出たこともある。どんなときも笑みを絶やさないわたしは、周りの皆には薄気味悪く映ったようだ。ただ喜怒哀楽を表に出すのが下手だっただけなのだが、訂正するタイミングをうかがっているうちに人は離れていく。
 四苦八苦しながらもアカデミーを無事卒業し、同期らと隊を組んだ。スリーマンセル。人との距離を計りかねるわたしにとってはなかなかキツイものだった。案の定、衝突したときに彼らは言う。

「辛さも悲しみも怒りも共有できない奴を信頼なんてできない。俺たちはお前みたいにできないんだよ。へらへら笑ってやりすごすことなんか特に。それをわかってくれ」

 これまでの短い人生の中でいちばん悩んだ。意見は2対1に分かれている。自分がもちろん1なので、こちらが折れるのが自然だ。問題なのはどう折れるかだった。
 それまで無表情で距離の取り方を間違えてきたわたしが、解決策に身につけたのが笑顔だった。それを否定されてはどうしようもない。元より表情が乏しいので笑みを作るのをやめるとなると、一体どんな表情をデフォルトで貼り付けておいたらいいのだろうか。

 こんなとき、あの無口な父はどのようにして切り抜けていたのだろうか。今になって父から教えを請いたいというのにもうこの世にはいない。あなたは上手くやれていたのに、どうして自分はこんなにもやりきれないのか。わたしは一体どうすればいいのか、誰も教えてくれない。



「…ちょっと、大丈夫?」

 その声にハッとして顔を上げる。声のしたほうを振り返ると、いつの間にか自分のすぐ後ろに男性が立っていた。彼は黒いマスクで顔の下半分を、額当てで左目を覆っていた。
 わたしはすでに条件反射となっていた笑顔を作る。それを唯一露出した右目がこちらを見つめた。

「いえ、大丈夫です」

 そう言いながら、つう、と水分が頬を伝う感覚に、どうしてこの人に心配されたのかその理由を知る。すみませんと謝りながら顔を伏せ、指先でそれを拭う。

「いや…別に、ここなら泣いていいんじゃない?」

 ここは第3演習場。その近くに建てられた慰霊碑の前だ。あの大戦で殉死した英雄として、父の名前がここに刻まれている。彼の、忍者としてではなくひとりの人間としての墓は別の所にある。でも今日はここを選んだ。この場所に来たのは2度目だ。石版に名前が刻まれた日に花束を持ってきて以来だ。

 眠れない夜をどうにかやり過ごし、早朝からずっとこの慰霊碑の前で座り込んでいた。
 "あなたは忍者として、どういう人生を過ごしてきましたか?"
 そう、ずっと問いかけている。答えがこないことは知っている。だけどそれをやめずにはいられなかった。

「…この涙は、ここで流してはダメです」

 同じように隣にしゃがみ込んだ男性は何も言わない。珍しく、気持ちが言葉としてすんなり出てくる。

「父を偲んでの涙ではないんです」



 ーーーわたしと父はよく似ていると母は言います。それが不思議でたまりません。父は少なからず友人がいて仲間がいて、彼らに支えられながら忍者として生き、惜しまれて死んだ。
 でもわたしが今死んでもそうはならない。今いちばん近くにいなくてはならない仲間との距離を詰められない。その理由をただ知りたくて、父がどうしていたのか聞きたくて、自分の不甲斐なさを悔やんでの涙なので…だからここで流すのは父に失礼なのです。

「すみません、急にこんなこと言われても困りますよね」

 不必要なことを話してしまったと感じてしまったなら、伏せている顔を上げられないどころか、肩を並べる彼の反応を見ることもできなかった。

「…もっと簡単でいいんじゃないの」
「簡単、ですか」

 気まずい空気の中、不意に飛んできた言葉は思ったより優しくて柔らかいものだった。その声に、自然と顔を上げられた。

「その人たちは、君に実際に泣いてほしいって感じてると思う?」
「いえ…それすらもよくわからなくて」
「なら聞けばいいんじゃない。そして自分の気持ちを言葉としてたくさん出せばいいと思うよ。今みたいにね」

 そのアドバイスになんだか拍子抜けしてしまった。それだけで思わず涙を流してしまったほどの悩みが解消されるのか。そう少し不安に思う。

「自分で思っているほど、人ってのは言葉にしていない」

 だけど、八方塞がりの今の状況をどうにかしたかった。出会ったばかりである人の言葉を、丸っと信じてみようと思うほどには。

「君は、生きている。相手も今を生きているんだよ」

 その言葉は自分の一番深い所にスコンと落ち、ぽっかり空いていた隙間をぴったり埋めた。
 あんなに悩んでいたのに、もう解決できたような気がする。腰を上げて、慰霊碑を見る銀髪の男性を見下ろす。

「ありがとうございます」

 彼は少し頷いたように見えたが返事はなかった。
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