神様はいない | ナノ

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「わたしにも喜怒哀楽があります。それを表現するのが下手なだけ…これからはどう思っているかキチンと伝えます。だからそうやって隔たりを持たれるとちょっと腹が立ちますね」

 その午後、小隊のメンバーと話し合った。わたしは変わらず笑顔だったと思う。自分の発言を聞いて相手は噴き出した。笑われる意味がわからず思わず首を傾げる。

「そうやってハッキリ言ってくれる方がいいけど、表情と言葉と一致してねえよ」

 そう言う彼らは笑顔だった。そのとき初めて、仲間のきちんと笑った顔を見た気がした。



「…ということで、解決できました」
「え、ホントに?」

 次の日。早朝から慰霊碑の前で、ある人物を待った。来る確証はなかったが、あの男性に会える場所はここしかないと思ったからだ。
 どれほど待っただろう。ふらりと現れた彼は、こちらの姿を確認すると驚いたように右目を見開いた。

「これからは表情どうこうより言動を大事にしようと考えています」
「で、それを報告するためにここで待ってたと」
「はい」
「朝からずっと? 来るかもわからないのに?」
「ええ」
「…真面目だねえ」

 ポリポリと頬を掻いて「別にいいのに」と言う男性は、昨日と同じように慰霊碑の前で腰を下ろす。丸まった背中をじっと眺めた。この人も大切な人を失ったのだ。それを偲ぶ背中。昨日の言葉が、自分の胸の中で反芻する。

「言葉にすることが大事だと教わったので」
「…そうだったね」

 これで目的は達成できた。これでもう、彼の追悼を邪魔することはないだろう。腰を折り、深く頭を下げる。

「ありがとうございました。それでは、」

 また、と言葉を続けようとしたら、視線の先に足の先が映る。

「…何か?」
「もう泣いてないかと思ってさ」
「お気遣いありがとうございます。元気です」
「そう。これから任務?」
「はい、迷子の猫探しと聞いています」
「…ってことは最近アカデミー卒業した子?」
「ええ、そうです」
「しっかりしてるねえ…」
「それほどでも」

 頭を上げて、背の高い男性の顔を通り越して、空を見上げる。

「夢とか志とか、ないんですけどね」
「でも忍者になる道を選んでここにいるんだ」
「はい。…おかしいですね。あなたの前だとスラスラ言葉が出ます」
「それは、ありがとう、かな?」
「はあ…どういたしまして…?」
「ちょっと違うでしょ」
「すみません、会話はどこか苦手で」

 声は聞こえなかったけど、笑われた気配がした。



 わたしが忍者になったのは、母が父を褒め称えたからだ。そんな人になれたらいいと漠然と思ったからだ。その詳しい内容までは考えていない。
 ひとまず最初はクリアできた。次はどうするのが妥当なのだろう。直面していた問題も解決できており、新たに取り組むべきことを探さねばなるまい。
 周りの皆は、優秀な忍者になる! すごい技を身に付ける! 火影になる! そんな輝かしい目標を掲げていた。自分もそうするのがいいだろうか。

「あなたは簡単に答えをくれますね」
「まあ、そうなるのかな…」
「関わりついでに聞きたいのですが、わたしはこれからどうなるといいでしょう」
「それはまた難しいことを聞くんだねえ…」
「何か先の目標があるほうがいいと父はいつも言っていました。だけどどういうことを設定したらいいのかよくわからなくて…」

 目線を下げて、目の前に立つ人を見やる。瞳が少し上を向き、返答に悩んでいるようだった。目が合わないことをいいことに、じいっとその立ち姿を見つめる。
 この風貌からして忍者であることは間違いない。恐らく、こうなるために幼少期から修行して、課題をクリアしているに違いない。ある程度の年月を経てもなお忍者として生き続ける理由のひとつやふたつ、聞いておきたい。そう思った。

「そういうのは自分で見つけるのがいいと思うよ」
「やはりそうですか…」
「だけどそれを見つけるより前に、ひとつ頭に入れておいたほうがいいことはあるね」
「なんでしょう?」
「…死ぬな」

 揺れた瞳はこちらを捉える。寄越された視線は強く、逸らすことができない。

「死んだらもう、何もできない」
「…はい、肝に銘じます」

 それはとても重みのある約束のように感じた。そんな言葉をくれる彼は今までに一体どんなことを経験し、その瞳に焼き付けてきたんだろう。不思議とそんなことが気になった。

「…はい、もうこの話題は終わりね! しんみりするし、任務、遅れるよ」

 パン! と手を叩き、少々重かった空気をガラリと変えてみせた男性は目尻を下げた。
 そういえばそうだった、と自分に予定があったことを思い出す。もう行かなければ。「ありがとうございました」と何度目になるかわからない感謝の気持ちを示して軽く頭を下げる。
 背中を向けて、ーーーあ、名前ぐらい聞いておけばよかった。そう思ったがその時はやめた。もし、また会うときがあったらで構わないだろう。また悩みを聞いて欲しくなることがあれば、恐らくここにくればいい。

 だって、わたしもあの人も、まだ生きている。
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