愛を囁くのは実に簡単である


「五条さん」

 五条が日を改めてななこの見舞いに行くと、ベットをギャッチアップして、体を起こした彼女の姿があった。見舞い客が現れたことで照れくさそうにするななこだったが、五条の名前を呼び、そして微笑んだ。
 五条はそれを見て同じものを返す。そして込み上がるものを我慢できず、再びななこを抱き締めた。



 ななこは自分の体に戻ったことで全てを思い出した。彼女は去年、命を断つつもりで自身が勤める会社の建物、その屋上から飛び降りたらしい。手足を骨折し、頭も打っていたようだが後遺症は残ることなく経過できていたようだった。
 問題の意識だが、魂が現世を彷徨っていたせいで目を覚ますことがなかったため、彼女はずっと入院していた。来る日も来る日もベッドの上で、五条と出会うまで。

「だから体が自分のものとは思えないぐらい重くって」

 疲れの滲んだ顔でそう言うななこは、寝たきりであった代償をしっかり受けていた。
 骨折していたのもあって筋力の低下が著しく、少しの動作にも息を上げている。だから目を覚ましてからは積極的にリハビリをさせられているそうだ。

 五条は時間があればななこの見舞いに訪れた。そして隙あらば彼女に触れ、頬をつねり、キスして抱き締める。それに最初こそ照れて逃げ惑っていたななこだったが、最近では慣れ、諦めたように受け入れている。それでも、いつも顔を赤く染めて。


「あ、そうだ、五条さん」
「んー? どうしたの」

 それはふたりで顔を合わすという出来事が日常になってきた頃だった。以前までだったら五条の頭の中に直接声が響いており、顔が見えていないのが当たり前だったため、五条はななこがこちらを振り向くということだけで最初はじん、と感動していた。

「わたし、退院の日が決まりました!」

 ピースサインを五条に向けて笑顔で言うななこに、五条も口角を持ち上げる。

「やっとだね。いつ退院なの?」
「来週の火曜日です」
「へえ、もうちょっとじゃん。じゃあ準備しないとね」

 その返事を聞いて、ななこはキョトンとした顔で五条を見る。

「準備、ですか?」
「うん、うちは2LDKだから広さ的には問題ないけどベットがちょーっと狭いからね。最低でもダブルサイズに買い替えでしょ? あと食器も僕ひとり分しかないし、あ、ななこも家事するんだったらほしい家電とかある? 食洗機とか買おっか? 楽だし」
「……うん? え、待って、なんの話?」

 さも当たり前のように話す五条に全くついていけていないななこは、手のひらを彼に向けてまで制止した。それに今度は五条がキョトンとしたような雰囲気を出した。
 目元を黒い布で覆っているせいで細かな表情はわかりづらいが、口がぽかんと空いている。

「え、ななこ退院でしょ?」
「それは、そう。合ってる」
「だから僕の家くるでしょ?」
「あ、そこだ! わかんなかったの!」

 ビシィ! と指をさして指摘すると五条は首を傾げた。

「つい最近まで一緒に住んでたようなもんじゃない? だからてっきり引っ越してくるんだと」
「いや、え? あ、そんな簡単に同棲って開始しちゃうんですか?」
「違うの?」
「や、同棲はしたことないからわかんない……じゃなくて!」

 ななこはすぐに五条のペースに翻弄されていた。だがここはいつものように流されていいポイントではないことだけはわかる。

「わたしと五条さん……付き合ってるんですか?」

 空気にピシ、とヒビが入ったように固まった。

「ええ〜僕の唇まで奪っておいてまさかのそこ?」
「奪ったのは五条さんです! というかわたし、ずっとわたしたちの関係がよくわかっていなくて、」
「うーん、ま、それもそっか。もう僕たち共有できないもんね」

 五条はそれまで、ベッドサイドに置いたパイプ椅子に腰掛けていた。ななこはベッドの頭側を60度ぐらいまであげ、リクライニングチェアに座るかのように体を預けている。リハビリ後の休憩も兼ねて、リラックスしていた。
 なのに五条が立ち上がり、ななこの足元に腰を下ろしたことで彼女はどきりとした。そして彼に真っ直ぐに顔を向けられては、動いたわけでもないのに心臓が妙に早く鼓動する。

「ごめんごめん、言葉にしないと伝わんないのを忘れてた」
「それは…まあ、そうなんですけど」

 ななこは急に変化した空気感にしどろもどろになっていた。思わず顔を俯かせるも、伸びてきた五条の指先に前を向かされてしまう。

「あの日にも僕だけ見ててって言ったでしょ」

 あの日と言われて思い当たる節があったのは、五条がアイマスクをずり上げたからだった。今度は陽の光に透け、吸い込まれてしまいそうなほど透明感のある瞳に捕らえられてしまう。

「僕もななこだけ見てるから、だから付き合ってよ」

 その目を細めて優しく笑った五条は、顔を真っ赤にしたななこにそっと口付ける。
 そして、



「ちょ、待っ……ん、舌っ、入れるなってばぁ!」

 息を荒げながら五条をなんとか引き剥がすも、にんまりと口角を持ち上げる彼は楽しそうに言う。

「ななこは本当に可愛いなあ、好きだよ」
「五条さん……ここ病院です…」
「そうなんだよね〜だからせっかくキスできて触れるのにななことえっちできな、」
「あーあーあー! 聞こえませんー!」
「だから楽しみだね。来週の火曜日」
「……」
「僕の家に退院決定でいい?」
「……も〜五条さんに勝てない〜〜」
「そりゃあそうだよ、だって僕最強だから」
「えーダサいのにかっこいい……ずるい…」
「あ、ダサいって言ったな?」
「わー! ごめんなさい!!」

 何かを企むような声色とは裏腹に、優しく背中に回った腕にななこは微笑む。

「わたしも……その、好きです。わたしのことをすくい上げてくれて、優しくて、支えてくれた五条さんのことが」
「言うねえ。……というか、そもそも僕たちって相性いいでしょ?」
「え、そうなんですか?」
「だって魂が共鳴してくっつくほどだからね」

 それに妙に納得しまったのはぼんやりと残る残像の中、彼以外の心に入ることもなく、ただ隣に佇むだけだったような気がしたからだった。



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