それは確かに恋だった 1/4 

 やはり、俺ではダメだったのか。そう思ってしまったのは、自分ではない他の男に性懲りもなく泣かされている女の話を聞いているときだった。



 ーーーななこは変な女だった。初対面の男を家にあげてしまうほど警戒心のない奴だったから、ただの気まぐれで強引に関係を持った。
 察しが悪く、体の関係を迫る男にペットボトルの茶を勧めてくることに面白さを感じ、しばらく暇を潰せるだろうぐらいの感覚で何度か部屋を訪ねた。

 そのときは涙を堪えながら抱かれているくせに、自分を組み敷く相手に世話を焼くような、妙に真面目で律儀な奴だった。
 そんな今までとは違うことになんとなく興味を引かれ、適当に理由をつけて会う回数が増えるごとに、そりゃあ察しが悪いはずだと納得するほど経験がないこと、そして素直で不器用で、疑うことを知らない性格だと知った。


 ななこはいつも不安定だった。他に女を作りながら自分を手招くような男を好きになり、振られたくせに拒みきれず、傷付きながらもがいていた。だからよく泣いていた。
 最初は飽きもせずよくそんなに涙が出るもんだ、ぐらいに思っていた。それがいつしか自分ではない男に泣かされていることに妙な苛立ちを覚えるように変化したのは、穏やかな気持ちで彼女と同じ空間の中にいられると気付いた頃だった。

 女の家には何度も行ったことがある。自分の家には入れたくなかったから、招き入れてくれるなら都合が良かった。それでも長居はする気になれなかった。複数のにおいが混じる室内でずっとこちらに触れられ、構われることに嫌悪感があったからだ。
 ななこの家は正直、洒落っ気や可愛らしさなどからは正反対に位置するような内装だったが、生活感の漂う室内に感じたことのない居心地の良さがあった。そして無意識なのか、それとも怖さが勝つのか必要以上に距離を詰められることはない。それなのにひとりではない安心感があった。女と時間を共有することを苦に思わないのは初めてだった。

 だからこの女もこの場所も、他の男に盗られたくない。漠然とそう思った。


 俺はななこの性格をわかっていた。ぐっと押されれば拒めず、流されて体の関係まで持ってしまうことは身をもって知ってしまっていた。
 自分以外とそうならないようにするにはどうすればいいだろう。思案した結果、痛みや恐怖などではなく優しさや甘さ、快感で縛ってしまえばいい、そんな考えに行き着いた。
 こちらを見るまでは他の男のせいでまた泣くだろうが、最初からずっとそうだった。今さらだった。だから少しの間耐えながら、いずれ彼女がこちらだけを見るように仕向けてしまえばいい。
 何故なら今、ななこに一番近いのは自分だ。体の距離をゼロにしてしまえるのも、心の内を聞いてやれるのも俺だけなのだから。


 そうしてななこは確かに俺の手を取った。夏祭りの夜、溶けてしまいそうな暑さの中で汗だくになるほど必死だった銀時をようやく突き放して、あまつさえ、甘えてくるようにまでなったのだ。
 抱き締めてやれば、ぎこちなくこちらの背中へ手を回してくる。腕に力を込めれば、同じように返ってくる。キスをすれば、頬を染めながら微笑んでいる。抱くときはもう痛みに泣くことはなく、身をよじりながらも受け止めている。鼻に抜けるような甘ったるい声を上げ、熱に浮かされた瞳でこちらを見、濡れた艷やかな唇で俺の名前を呼ぶ。

 それがどれだけ嬉しく、満たされることだったか。他の男のせいで動揺し、平静をなくしたお前にはわからないことだったのだろう。


 銀時が女と別れた。告白された。拒めなかった。ななこがしゃくり上げながら説明するなかで、断片的に拾えた言葉にふと思ったのは”やはり俺ではダメだったのだろうか”ということ。
 俺がどれだけ側にいようと、裂けた傷を塞いでやろうとしても、彼女は同じことでずっと泣いている。どれだけ甘やかしても、甘やかしただけむさぼって、こちらの手を掴みながら他の男を忘れられないでいる。そしてその男がついに今、ななこを振り返ったのだ。
 俺達の関係はななこが報われなかったことから始まり、今に至っている。それが覆されたなら、成就したなら、、そう考えて気分が悪くなった。

 俺は、銀時が好きだというななこの気持ちの大きさをわかっていたつもりだった。だが、それは本当に”つもり”なだけだったのだろう。見えていたのは氷山の一角にしかすぎず、隠れていたものは想像していたよりもずっと奥深くまで根を下ろしていたのだろう。
 今は動揺して泣いているが、互いの気持ちを確かめ合ったなら涙が引っ込むのはすぐだろう。やっと見られるようになった、はにかむような笑顔をこちらに向けることはなくなるだろう。それを無理やりこちらへ向かせることが果たして正解か? それをしたとして、ななこは笑えるのだろうか?

 俺がどうしてやるのが、お前のためになる?



 もう、やめてしまおう。

 そう思ったなら言葉として口から出るのはすぐだった。
 “もう終いだ、ここにも来ねえ”
 それを聞いたななこが見たこともないぐらい傷付いた顔をしたのに、危うく勘違いしそうになる。だからさっさとその部屋から出た。
 また涙のひとつでも見せられれば、訂正してしまいそうになるから。甘いくせに棘があるのかと錯覚してしまいそうな言葉で自分の心の奥底を傷付けられながらも、彼女を手放してやれなくなるような、そんな気がしたから。

 
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