どうせなら酷く冷たくして 1/6 

 初恋の人に呆気なく振られてから眼帯をした男の人と出会って、あっという間に1ヶ月が過ぎた。

 大学内で坂田くんと過ごす時間は、以前と変わらぬものを維持できていると思う。朝会えば目を合わせて挨拶するし、隣に並べば何気ない会話もできていた。その度に胸が妙な速さで鼓動したけどいつも知らぬ振りをする。あとは自分の中にまだ残ったままの気持ちに蓋をして、どうにかやり過ごして、消滅するのを待つだけだ。
 そして帰宅すれば、強引に体の関係を迫ってきた男性が家の前で座り込んでいる。それもかなりの頻度で。ひとり暮らしの住居を知られているのは、致命的なマイナス要素だと気づいたが、もう時すでに遅し。警戒心のなかった自分にほとほと嫌気がさしていた、のだが…。
 正直に言えば未だ苦しさを覚える、繰り返される日常に今どうにか向かい合っていられるのは、不本意だが非現実さを持ってきてくれる彼のお陰といっても差し支えない。

 ぴったりとしたスキニーパンツはいつも黒か、濃い色のデニムだった。上は黒か白の無地なカットソー、またはシャツ。いつもシンプルな出で立ちでわたしの帰りを待ち、有無を言わさず押し入ってくる。世間話などはなく、やることやったらお終い。すぐに帰っていく。
 だけど情事後から次の日、坂田くんに会うまで何も思い出さずにいられていた。羞恥心と痛みと混乱と、様々な感情が混じり合い、考えることを放棄した頭は睡眠を取るまでそのままだったからだ。

 最初こそ、理由もなく繰り返される行為に抵抗も見せたけどそうするほうが疲れた。力では敵わないのだ。体を重ねる回数が増えていくのにつれて慣れていく自分が嫌だ。でも何も考えずにいられるなら、彼を拒まないほうがいいのかもしれない。ーーーと、考えが変わってきていることにはもう、見て見ぬふりをした。
 こんなこと誰にも言えない。あの人もそれをわかっているから体良く性欲処理にでも利用しているのだろうか。

「…なんか隈できてね?」

 低い声に指摘され、思わず肩が反応する。ざわざわと騒がしい食堂内だったのに、坂田くんの声はしっかりと拾えてしまった。目だけでちらりと見ると、斜め前に座っていた坂田くんに真っ直ぐ見られていた。
 本当に心配してくれているらしいことがうかがえる。死んだ魚みたいと揶揄される目は丸みを帯びていて、いやというほど視線を注がれてしまっている。

「そう? …あ、あれかな、最近どんどん暑くなってきてるからかな? なんか寝苦しくて」
「早くね? まだ5月だぜ」
「暑がりなんだよね、実は」
「へえ、それは初耳だわ」

 目を伏せて、笑って返事をする。あれから坂田くんとふたりきりになることはない。友人としての適切な距離を保ちながらなんてない毎日を過ごし、感情を薄れさせなければならないことに切なくなっているのは自分だけの秘密だ。友美にすら打ち明けられないのだ。
 わたしは、いつからこんな言えないことだらけの秘密人間になったんだろう。

「ねえ、今日はみんな午後から講義ないんだよね? たこパしない? あたしの家、親いないしおいでよー!」

 わたしたちの会話を遮るように友美が提案する。女の子と男の子がひとりずつ、予定あるからと断った。自分は特に用事もないしオーケーした。その後に続けて坂田くんも「いいねそれ」と同意する。残る最後のひとりはバイトがないか確認すると言っていた。…最低3人か。
 そこで何も考えずに了承したことを後悔した。もし坂田くんとふたりきりになることがあったらどうしよう。何話そう。そんな不確定の未来をつい想像してしまい、慌てて頭を振る。

「何時ぐらいからする? あたし家片付けないと」
「あーじゃあ俺とななこちゃんで買い出ししてからお前んち行くわ。そのほうが要領いいだろ」

 なあ? と同意を求められて、断る理由もなく頷いて見せる。…が、こんなに早くふたりきりになるタイミングがくるとは。

「…そう? なんか悪いよ」
「いーって、場所提供してもらうのにそれぐらい気にすんな」
「うーん、じゃあ任せるね」

 友美が笑う。いつも通りに見えた表情に、なんだか違和感を覚えた。

 
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -