受け入れ難い事実とは 1/3 

「どうしたの? 顔色悪いよ」

 大学にて。友達が顔を覗き込んできて、心配そうに言う。自分はハッとしてようやく笑顔を作り「ううん」と首を横に振るのが精一杯だった。
 今朝からそうだ。ただ同じ講義を取っているだけの、顔見知り程度の人にまで同じことを言われてしまうのだから、わたしの顔色は相当悪いに違いない。だが心境を晒してしまうわけにはいかない。己の腰が痛む理由をポロリと言ってしまった日にゃ、どんな目で見られることか。

「あ、銀ちゃんだ、おはよー」

 自分の隣に座る友達がある男性の名前を呼んだ。咄嗟に顔を上げると、ふわふわの銀髪を揺らして歩く姿が見えた。こちらに気づくと、相変わらずの気だるげな表情でひらひらと手を振ってくれる。

「わりーわりー寝坊した」

 悪びれる様子もなく言う坂田くんは口元を緩ませて、これまた緩く笑った。彼は、受講する講義が被ることが多かったため、自然に行動を共にするようになったグループのひとり。
 近づいてくるのを見ているとぱちりと目が合った。…そういえば、こっちも気まずかったんだっけ。今の今まで忘れていたけど、顔を合わすと色々と思い出される。

「おはよ」

 だから笑って挨拶して、すぐトイレに向かった。そこへ行きたかったのは事実だが、半分は逃げたようなものだ。

 腰をさすりながら、トイレの個室で溜め息をつく。我ながらバカなことをしたなと思う。出会ってすぐの人と行きずりであんなこと…。頭を悩ませながら昨日の出来事を振り返ったがすぐにやめた。呆れもあったが恥ずかしさが先行したからだ。



 わたし、七瀬ななこはこの春、大学2年生となった。上京してすぐは右も左もわからない、田舎者丸出し野郎だったがさすがに1年も過ごしていれば多少馴染めている、と思いたい。
 住んでいるボロいアパートは、通う大学から最寄駅まで電車で5駅離れたところに建っている。徒歩も含めて通学は片道30分ほど。東京の電車はたくさん来るので驚いたが、さらに驚いたのは若者がとにかく垢抜けているということだ。
 10代の女の子が髪を染めるのもメイクするのも当たり前だし、服装にしてもアクセサリーにしてもとにかくオシャレ。それに加えて、みんな細い。男の人も身だしなみにとても気を使っていて、スタイルもとても良い。本当に同い年なのか疑ったし、こんな人たちの横に並んで歩けるものなのかと不安に思った。だがみんな、畑から引いてすぐの芋のようなわたしにも優しくて友達の輪に入れてもらった。

 よく一緒にいるグループは自分を入れて女の子3人、男の子3人の計6人だ。前述したとおり坂田くんはそのうちのひとりだが、なんとも不思議な人だった。
 彼が纏う飄々とした雰囲気、それは同級生の中でもどこか抜けている。大人っぽいように見えて子どもっぽい一面もあるし、だるそうにしつつも接しやすい。目立つ銀髪に整った顔立ちせいかよく話しかけられているが、みんなをあまり覚えないという適当ぶり。だけどどこか憎めない。

 そして、わたしの好きだった人でもある。

 
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