銀髪が、揺れている。こくり、こくりと頭を揺らして居眠りをする坂田くんの、光をきらきら反射する銀糸は気を抜くとすぐに見惚れてしまうほどに綺麗だ。
真っ赤に目を腫らした友美は一応大学には来たけど、とても講義を受けられるような状況には見えなかった。事実、また「銀ちゃんに振られた」と告げつつも目尻に涙を溜めている。
わたしは講義に出ていた。そして配られた出欠の紙を、自分を含む3人分提出し、内容を板書して友美と彩子ちゃんに見せることになっている。
彼女らはどこかで、繰り返してしまう嗚咽が止まるのを待っているはず。だからちゃんと受けないと、と思うのに。
今朝は見えなかった銀髪がすぐ横で揺れるのだ。そして簡単に人を、わたしを惑わせる。意識を手放しかけている坂田くんの頭がこちらの肩へ寄り掛かってきて、少しずつ重みを乗せてくる。
「坂田くん」
彼にだけ聞こえるようなボリュームで囁くも、それでは夢の中へ落ちていく人には届かない。教授の声が遠く、念仏のように唱えられている。板書される内容は増えていく。わたしは、ただ必死だった。冷静でいなければならなかったから。
講義がスタートしてから自然と人の隣へやってきて「おはよ」と低い声で呟いて、微笑んで見せた坂田くんが一体何を考えているのか全くわからない。
彼を見ていれば聞きたいことが山ほど浮かんでくるのに、それを聞いてしまえば最後のような気がしてしまう。そう考えてしまうことすらも自惚れてしまっているような自己嫌悪を覚えてしまうのだ。
あの日、うだるような暑さの中で、この人の手が離れるのを確かに感じたはずなのにと動揺した。
「なァ、友美から聞いてる?」
講義が終わって、坂田くんをなんとか揺り起こす。寝ぼけ眼を擦り、大きなあくびをした彼はへらりと笑ってからそう言った。
生徒たちが次々と立ち上がる。わたしも重みから逃れたらすぐに同じことをしようと思っていたが、呼び止められては腰を上げられなかった。
「…別れたんだよね」
「あ、やっぱ聞いてたか」
「うん」
どんな反応をするのが妥当だろう。悲しむのはどこか違う。それなら友美のために怒るのがいいかもしれない。
「どうして別れたの?」
「ここですんの? その話」
「…それもそうだね」
そんな思いつきの態度を取る前にはもう話の腰を折られてしまって、次に切り出す言葉の頭文字を頭の中で必死に探す。…ずっと必死だ。坂田くんの顔を見てから今の今まで、視線を逸らさないように、声を震わさないように、冷静に見えるように、わたしは晋助くんの顔を時折思い出す。
バカな女。晋助くんはいつも、わたしをそう表現する。傍から聞いていたなら酷い言われように違いないが、彼から向けられる目はいつも優しい。
そして続けるのだ。バカな女なんだから人に優しくしすぎるな。人を拒むことを覚えろ。自分を見つめながら他の女を抱きしめるような男の言葉には耳を貸すな、手を触れられるな。
晋助くんに抱きしめられながら言葉を繰り返されるときはいつも、わたしは泣いているような気がする。だけど最後には止まり、笑えていた。
お守りのように大切にしてきた言葉をしっかり覚えている。現在も頭の中をぐるぐる回っている。
「ちょっと俺に時間くれねえ? 場所変えて話したいんだけど」
ついて行かないのが正解のはずだ。だけど友美のこともあるし、ここは大学なんだし人目もある。少しくらいならという気持ちが先行した。