「なァ、ななこちゃん」
食堂から戻る途中、背後から呼ばれた。このメンバーでわたしのことをそう呼ぶのはひとりしかいない。
振り返って、笑って見せる。いつも通りなはず。告白する前の、普段通りの関係を築けているはず。
「なに? ノート写させてとかナシだよ」
「まじか。それ目当てだったんだけど」
「居眠りするから悪いんじゃん」
当たり障りない会話をしていたら、唯一事情を知る友美が心配そうに見ているのに気がつく。そんなあからさまに見られるほうが、気まずさが倍増することに彼女は気づいていないらしい。
「ってかわたしじゃなくてもいいでしょ?」
「や、ななこちゃんのノートが一番見やすいんだよなァ。字、綺麗だし?」
「…そう? 硬筆習ってたからかなあ」
何気ないことを褒められただけでドキリと心臓が鳴った。
吹っ切れているはず。でも、好きだなあと思っていた気持ちがすぐに消えるわけではない。罪な男だなあと思うと同時になんだか笑えてきた。
来る者拒まず、去る者追わず。そう噂される理由のひとつに、この調子の良い物言いも関係しているんだろう。"恋は盲目"とはよく言ったものだ。近くでときめいていたときは何も気が付かなかった。
「…はい、これノートね」
「お、やっさしー」
「でしょ。わたし午後から講義ないし予定あるし帰るね」
「じゃあね」とひらひらと手を振って、残りのメンバーにも同じことを告げる。彼らの元を後にして、ひとりで構内を歩く。
「…うーん、難しいなあ」
好きな人から友達に戻る、距離の取り方がいまいち掴めなかった。