今のまま世界が終われば

【少し甘めに壊した世界】同一主




熱で体が浮くとかいう表現があるがあれは嘘だ。黛千尋はぼんやりとした視界でそう思った。
浮くなんてそんなもんじゃない。むしろ頭はがんがん地にぶつけられている気分である。いや、もちろんそんなことをされたことはないが。咳で喉は痛いし頭痛は酷いし、食欲はない上に胃の中のものが混ざって気持ち悪いことこの上ない。まったく本当に風邪なんて引くものじゃない。
とりあえず眠ろうと目を閉じかけたところで玄関のインターホンがなる。扉を開けにいくのも億劫だったのでそのまま放置していると2回目、3回目、4、5__

「……うるさい」

あと怖い。扉を開けた先にいた名字なまえにそう言えば名字は相変わらず感情の起伏が分からない顔で「そうか」とだけ答えた。そうかじゃない。

「何だよ」
「風邪を引いたらしいから看病に来てやったんだが予想以上にしんどそうで驚いているところだ」
「誰が現状説明しろなんて言ったよ」

前半だけでいい、と返せば冗談に決まっているだろう? とわずかに馬鹿にする声音で言われた。お前の冗談は本気かどうか分からないんだよ。普段ならそう言うところであるがひとまず自分の体が怠いと訴えているのでベッドに戻る。名字は勝手に上がるだろう。

「薬は」
「朝だけ」
「食事は」
「食ってない」
「食欲は」
「ない」
「熱は」
「38.6」

名字にとっての重要事項だったらしい質疑応答を終えて名字は小さく「高いな……」と呟くと、手慣れたように部屋を漁って服を黛に投げる。

「汗拭いて着替えて寝ろ。あとキッチン借りるよ」
「ああ……」

ぼうっとしたまま着替えてから、はっと気づいた。名字は果たしてキッチンで何をするつもりだろう。料理ができるとは聞いたことがない。いやだが流れ的にはそれが一番自然である。しかし、名字は常に人の予想を軽々と越える男だ。ちなみにその評価は決して褒めているわけではない。
人の家で毒を生成しもしや「これで永遠に一緒だね」的なヤンデレエンドを目指しているのではないか。あり__えないな、普通に。この想像力の飛躍が熱に浮かされている証拠であると言えるのかもしれない。
辟易したため息を吐いて、布団に潜り込む。先ほどとは違って物音がしているにも関わらず、すんなりと眠りに落ちることができた。

***

結局あれから何が変わったかと聞かれても何も変わっていないと答えるしかない。相変わらず名字は感情が読めない上に気まぐれだし、黛自身も他人にそこまでの興味がある方ではないから、やはり互いに多くの干渉はしない。ただ、干渉しあうわけではないが、共有するものは多いかもしれない。だがそれもこうなる前と何か変わりがあるわけでもなく。
接し方も触れ方も呼び方でさえ変わらないということは何も変わっていないということと同義だろう。(依然思い立って名前で呼んでみたところ名字には珍しくあからさまに妙な顔をされたのでそれ以来呼んでいない)
それならばあれはなかったこととして扱われるのではないかと聞かれれば強く否定はできないが、まるでなかったことにするのは少々無理があるように思う。まあ何にどう無理があるのかを説明しろと言われてもできないわけではあるが。
ただ、あのことがある前の名字が自分のために家まで来て何度もインターホンを鳴らすかと思えばそれは勿論否であり、あのことがある前の自分がそれを少なからず嬉しいと思うかと聞かれればそれもやはり否なのである。



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