今のまま世界が終われば

「……み、黛?」

未だに倦怠感の残る気分で顔を顰めて意識を引き起こす。目を開いてから初めて額に濡れタオルが置いてあるのに気づいた。元々冷たかったのであろうそれは額の熱でぬるまっているが。

「随分ぐっすりだったな」
「……食欲はねーんだけど」

ほのかに香る米のにおいにそう言えば、名字は首を振った。
薬の服用期間の表示にはちゃんと意味がある。黛が処方してもらっている風邪薬は食事後の服用を義務付けられており、用法は基準通りに守るべきだ。食事前というのは胃が空の状態であるが故に薬の吸収は早くなるが、胃を荒らす危険性が__云々。
長くなりそうだったのでタオルを取って起き上がり、「うるさい。食べればいいんだろ」と押しとどめれば、心なしか満足そうに器とれんげを差し出した。れんげとかどこにあった。
そして何をとち狂ったか知らないが名字は一瞬迷ってから真顔で中身を掬い上げて口元に差し出す。

「おいやめろ」
「病気の恋人には食事を与えてやるのがいいんじゃないのか」
「あれはラノベの男女がやるから萌えるんだろうが。俺にやるな。1人で食べられる」

名字はあっさり手を降ろして器ごと黛に渡す。この辺りの感性も冗談なのか本気なのか定かではない。
料理の腕は確かなのかと少々胡散臭く思いながら口に含むと意外なことにそれなりにうまくできていた。
黙々と食べ進める黛に味を確かめることは特にせず、名字は本棚の前に立って何冊か手に取ると軽く息を洩らした。

「節操のない奴だな」
「お前今鼻で笑っただろ」
「学園モノにファンタジー、ラブコメ路線かと思いきやダーク路線まで様々だな。お前には主義というものがないのか」
「うるせぇ、ほっとけ」
「ラノベの専門店でも開設する気か?」
「しねぇよ」

名字は本棚の一冊を取り出してぱらぱらと捲りながら布団の近くに腰を降ろす。
あぁそうだ、と思いついたように言った名字の言葉に予想外の名前が出てきて驚いた。

「赤司君がお大事に伝えて下さいと言っていたよ」
「……は、赤司? ……お前ら知り合いなのか?」
「知り合いというより顔見知り程度だ。先輩思いのいい後輩だね。君から聞いていた印象とは異なったけれど」
「あー……うん……?」

先輩思いというフレーズに首を傾げながら曖昧に頷く。WC決勝からの急変ぶりにはこちらが驚いているくらいだが、果たして赤司のあの態度は先輩思いというジャンルに区分けされるのだろうか。しかし名字が人の性格を見誤るとも思えないので何とも複雑な気持ちである。

「ごちそうさま」
「ああ。……水はそこにあるから早く薬を飲んで寝た方がいい」

食べ終わりを受け取って立ち上がった名字に黛は「なぁ、」と声をかけた。振り向いた名字に「いつ帰る」と尋ねる。
名字はしばらく考え込むといつも通りの平坦な声で答えた。

「あとはもう寝るだけだろうからもう帰ろうと思うが」
「泊まってけば」

名字は数回不思議そうに瞬きして黛を見つめる。感情の起伏が現れるのは珍しいと思いながら、布団を頭まで引っ張り上げた。何のお願いをしているんだ俺は。
名字は思案する間を置いて軽く笑うように息を吐いた。名字の笑う姿は想像できないので本当に笑っているのかは定かではないが。

「じゃあそうさせてもらう」

恋だとか愛だとか細かいことは分からないし、この気持ちがそのどちらかだと言われても違和感しか感じないが__ただ何となく、この曖昧な時間が長く続けばいいと、そう思った。




今のまま世界が終われば
(そんなことを考えても熱に浮かされているだけだと思えるなら、)
(風邪もたまには悪くない)


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