酒と女でダメになる究極の例
「あぁ?」
とある夜、居酒屋で飲んでいた鬼灯は店へとやって来た白澤を見るなり、ギロリと睨みつけた。
(ケンカ上級者のメンチ切り…!)
思わず青ざめる桃太郎の隣で、白澤は胃を抑える。
「あっ…胃潰瘍になったっぽい…。」
その様子を見て、チッと舌打ちする鬼灯の元に閻魔大王が困ったような表情で現れた。
「ガラ悪いなぁ鬼灯君。官吏が清酒片手に"あぁ?"なんて言うもんじゃないよ。」
「失礼しました。」
素直に謝罪の言葉を口にした鬼灯を横目に閻魔は白澤に向き直ると苦笑いを浮かべる。
「ごめんね。無理に誘ったから機嫌が悪いんだ。そこ座んなよ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
桃太郎が中に入るも、白澤はがっくりと項垂れる。
「今日はもう最悪の日だ。ついてない日だ。」
「いやあんた吉兆の神獣だろ。」
思わず桃太郎が突っ込むと、後ろから"こんばんは"と声がかかった。
その声に振り向くと、そこには琴音の姿が。
「琴音!なぜここに?」
『閻魔様に招待していただきました。』
そう言ってにっこり笑う琴音を見て、鬼灯は閻魔を睨む。
「そ、そんな顔しないでよ鬼灯君〜。琴音ちゃんが来た方が喜ぶかと思ったんだよ〜。」
「チッ…まぁいいですよ。」
そんなやりとりが行われる中、先ほどの落ち込んでいた様子から一変し、白澤は満面の笑みでぎゅっと琴音に抱きついた。
「琴音ちゃ〜ん!!ふふっ、琴音ちゃんに会えるなんて今日はやっぱりついてる〜!!」
(単純だな…この人…。)
桃太郎が呆れていると鬼灯は立ち上がり、白澤に向かって金棒を投げた。
「ぐはっ…!!」
白澤が倒れ込むと、鬼灯は琴音の手を引き、自分の隣に座らせる。
「いいですか?あなたは私の側から離れてはいけませんよ。」
『はい、分かりました…。』
返事をしつつ、相変わらずな鬼灯に琴音は思わず苦笑した。
*
「おぉ!麻辣火鍋だ!辛いよ〜これは。」
「胃荒れてんのにまたそんな飲んで。更に辛いものまで。」
「僕、辛いのだ〜い好き。」
「また吐いても知りませんよ。」
2人のやり取りを閻魔大王は微笑ましく見つつ、口を開く。
「桃太郎君はすっかりできる主婦のようだねぇ。」
「ダメな上司がいると、部下が恐ろしく成長したりしますよね。」
すると、桃太郎はくるりと振りかえり、麻辣火鍋の入った器を鬼灯にも差し出す。
「鬼灯さんもどうぞ。」
「あぁ、私は結構です。」
「あっ…すみません。俺たちがここにいるの、怒ってます?」
「いえ違います。どうぞお気遣いなく。」
鬼灯の答えに不思議そうな表情の桃太郎に閻魔大王は苦笑いを浮かべる。
「あぁ、桃太郎君、鬼灯君はいいんだよ。」
「えっ?」
「いいからいいから。」
「そ、そうですか…。じゃあ琴音さん、いかがですか?」
『ありがとうございます。いただきますね。』
すると、今まで黙々と鍋を食べていた白澤がぴたりと動きを止めた。
「ん?えっ…お前…もしかして辛いの食えない人?」
白澤の質問に視線をそらす鬼灯。
その反応に白澤は箸を扇のように持ち、にやりと笑みを浮かべる。
「ほほう〜っ!ほほほほ火鍋粉!だっせぇ!」
(あぁ〜あ。こうなると思ったよ。)
思わず心の中で呟く閻魔大王。
「おにいさ〜ん?次中国を訪問する際は四川を案内しますよぉ?あはははっ!あははははっ!」
高らかに笑う白澤を鬼灯は睨みつける。
「いますよね。ああやって辛いものが苦手な人をなぜか見下す辛党。」
「!!」
「大して強くもないのに、大酒かっ食らう小虎のくせに。」
「たかが肝臓が強いだけで何語ってんだか。」
険悪なムードに包まれる中、何を思ったのか琴音はぎゅっと鬼灯の腰に腕を回して抱きついた。
「琴音…?」
普段では考えられないような妻の行動に鬼灯は珍しく無表情な顔を崩す。
『ほーずき様は、私のれすっ…!はくたく様、ほーずき様を独り占めしないでくらさい…!!』
お酒で赤くなった頬を軽く膨らませながら白澤を見つめて言う琴音に鬼灯は固まり、きょとんとしていた白澤はあはははっ、と声を上げて笑い出した。
「琴音ちゃんってば、酔ってるねぇ〜!かーわいいなぁ〜。」
にっと笑った白澤は、そっと彼女の頬に触れる。
「そんなに気になるなら、独り占めされないように僕のそばにいて見張っとく〜?」
「ふざけるな!!」
先程まで固まっていた鬼灯は、にこにこと笑いながら妻に迫る白澤を思いっきりぶん殴った。
「うっ……てめぇっ!!2回もぶっ飛ばしやがってっ…!!」
「自業自得です。」
そう言うと、鬼灯は自身の腰に腕を回している琴音をぎゅうっと抱き締めた。
(あぁ…私の嫁は本当に可愛すぎる…!それを人前で…ましてや白豚がいる前で見せてしまうことになるなんて…!やはり、すぐに帰らせるべきだったか…。)
少々後悔しつつ、鬼灯は口を開く。
「大丈夫ですよ、琴音。私はあなただけのものですから。」
『…はいっ』
鬼灯の言葉に琴音は嬉しそうに笑うと、腰に回していた手を背中に移動させ、ぎゅっと抱き締め返した。
「さて、そろそろ帰りましょうか、琴音。」
言いながら体を離し、鬼灯は琴音の肩に手を置く。
「送りますから、先に帰って休んでいてください。」
『ほーずき様は…?』
「私はあなたを送ってからもう一度ここへ戻ってきますよ。片付けがありますからね。」
『だったら、やですっ…!ほーずき様のおそばにいますっ…!』
琴音は駄々をこねると、再びぎゅっと鬼灯に抱きつく。
「ダメですよ。呂律も回らなくなってきてますし。」
『やですっ…ほーずきさま…』
潤んだ瞳で自身を見上げてくる琴音に鬼灯はため息をつく。
「困りましたね…。では、私のそばを離れず、他の男…特に白豚には近づかないと約束してくださいますか?」
『はいっ』
「ではもう少しだけここにいてもいいですよ。」
『ありがとうございます!』
琴音は嬉しそうに笑うと、鬼灯の胸に顔を埋めた。
「ふふ。琴音様、すっかり鬼灯様にべったりね。」
「あ、お香ちゃ〜ん!」
こちらにやって来たお香に白澤は嬉しそうに笑う。
「そうなんですよね。琴音は酔うと、普段の倍以上甘えん坊になるのです。」
説明しつつ、鬼灯が"琴音、お香さんですよ"と声をかけると、琴音はお香の元へ嬉しそうに駆け寄った。
「へぇ〜琴音さん、お酒弱いんですか?」
「いえ、それなりには飲めますよ。一応彼女も鬼ですし。けれど、鬼にしては弱いかもしれないですね。」
桃太郎の質問に答えつつ、琴音に視線を移すと、琴音はお香にぎゅっと抱きついていた。
『ふふ、お香さ〜ん♪』
「何ですか?琴音様。」
『また一緒にお茶しましょーね!』
「はい、ぜひ。」
にっこりと笑うお香に琴音も微笑み返すと、今度は白澤が声をかける。
「琴音ちゃ〜ん!ほら、こっちにもおいで〜。」
言いながら両腕を広げる白澤を一瞥すると、琴音は申し訳なさげに口を開く。
『ごめんなさい、はくたく様。ほーずき様とのお約束があるので。』
そう言うと琴音は立ち上がり、再び鬼灯の隣に座った。
そんな琴音を抱き寄せつつ、鬼灯は無言で白澤にドヤ顔を向ける。
「くっそっ…!!ムカつく!!もういいよっ!!」
そう言うと白澤はお香の膝枕に頭を預けた。
「僕にはお香ちゃんがいるもんね〜。」
そう言って手を取ろうとする白澤の手を、お香は払いのける。
「セクハラよ。別にもういいけど。」
「ああ〜紂王の気分だな〜。」
「紂王って中国の皇帝の?」
「そう。妲己の夫。」
「酒池肉林など、あらゆる贅と淫楽を極めたという九尾の妖狐です。」
『へぇ〜…そんな方がいらっしゃるのですね〜。』
「えぇ。なんでも人を火であぶり蛇に食わせ、それを見て喜んだというなんとも恐ろしいドS妖怪です。」
「お前が言うか!」
思わず突っ込む白澤。
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