▼ ずっと傍に
二人でのんびりと2人がけのソファに腰掛けて紅茶を飲んでいると、ブラッドが突然クスクスと笑い出した。
とうとう紅茶の飲み過ぎで気でも狂ったのかと、思わずドン引きした。
そんな私のことなどお構いないとでも言うようだ。
チラリとこちらを見て優しい眼差しで微笑むブラッド。
この眼差しをどこかで見た事がある。
そう、薔薇園で姉に向ける瞳と同じ。
愛おしいと瞳が語っているような、そんな眼差し。
擽ったい。居心地の悪さにもぞもぞと居住まいを正す。
「・・・何よ」
「別に?」
突然笑っておきながらとぼけるつもりか。
ストレートに聞かれるのを待っているのか、それともアリスを揶揄うつもりなのか。
どちらにせよアリスにとってはいい迷惑だ。
「言いたい事があるなら素直に言えばいいじゃない。突然笑われるこっちの身にもなってよ」
「私は笑いたいときに笑うし、いつも素直なつもりだがね」
「どこが」
本当にどこが素直なんだか。
含みのある笑みを浮かべ、本心は隠し表面を繕うのがデフォルメみたいな男の人。
それがブラッドという人だ。
ま、そんな人の素顔が見れるのは貴重であるし、あまり他の人に見せたくないと思うのは、私にも独占欲と言うものがあるのだと再確認させられる。
「気になるか?」
「気にならないと言えば嘘になるわ。・・・教えてくれるの?」
誰でも人が突然笑い出したら気になると思うの。
何こいつって思うのは私だけじゃないはず。
「アリスが上手におねだり出来たら・・・あ、いや、そんな目で見ないでくれ」
私、どんな目してたかしら。
きっと、蔑んだような目をしてたのね。
「あまりにセクハラな発言をすれば、私手でも足でも即座に出ますがよろしいでしょうか」
若干冷や汗をかいているブラッドが見れるなんて、貴重なのではないか。
うちの女性はこうもなんで気が強いのばかり・・・
とつぶやく声が聞こえたような気がするが気のせいということにしておく。
女性は強くなければね。
「で、結局何を笑っていたの?思い出し笑いっぽかったけど」
「あぁ、少し思い出していたんだ」
記憶を呼び起こすように、すぅっと目を細めたブラッドを横からチラ見する。
懐かしそうにするブラッドに言いようのない胸騒ぎがする。
一体ブラッドは何を思い出しているのか。
早く知りたい。
そして、この胸騒ぎを鎮めてほしい。
「不安がらなくていい。大したことではない」
そんなに表情に出ていただろうか。
察しのいいブラッドのことだ、私のことなどお見通しなのだろう。
あまり、見通されるのは好きではないが。
「じゃ、一体なんなの?」
「・・・君が帰ると言ったときのことを思い出していた。帰さないと言っているのに、君は頑固だったと、な」
「そりゃ、帰るって言ってるのに強制的に帰さないって言われれば、意固地にもなるわよ」
そのときのことを思い出した。
そして、その言い合いの末にプロポーズをされ帰らないという選択をし、ブラッドと結婚までしてしまった。
後悔をしていないと言えば、いないと言い切れないが、概ね順調ではある。
そして、あまりに長くこの国に居座りすぎた故、徐々に元の世界のことを忘れてきている。
寂しい気持ちもあるが、この世界、この国に居るという選択をした以上仕方のないこと。
きっと、完全に元の世界のことを忘れたときに完全にこの国の住人になってしまうのだろう。
それは、一般人としてか、役持ちとしてかはわからないが。
完全にこの世界の住人になってしまっても、ブラッドの側にいられたらいいと思うようになるくらいには、ブラッドを好きになってしまった。
「頑固な私はお嫌いかしら?」
「そんなはずないだろう。そんなところ含めアリス、君を愛している。ずっと、私の傍にいてほしいと思うくらいに」
置いていた右手を掬われ、そっと口づけられる。
その姿が幻想的過ぎて、今、この時間が永遠に続けばいいのにと、心の片隅でつぶやいた。
(私もずっと貴方の傍に居たいわ)
その言葉はブラットの唇に飲み込まれていった。
END
2016.1.27
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