小説 | ナノ


▼ 敏感なしっぽ



「ねえ、シドニー。ふと思ったのだけれど、貴方って人型のときはしっぽってあるの?」

すでに結構長い期間を一緒に過ごしているが、今まで見たことがないのだ。うさぎの姿のときは、それはそれは可愛らしいしっぽがあることを知っているが、人型の時には見たことがないので不思議に思っていた。
シドニーの執務室で、今まで資料運びや整理を手伝っていたのだが、一通り片付いたので今は一休みしている。
対に置いてある漆黒のソファには、シドニーと向かい合っているアリス。
机の上にはメイドさんが用意してくれた漆黒の茶器に香りの良い紅茶が波々と注がれている。

「…あるに決まってるじゃないか。私はうさぎだぞ?」
「だって、見たことないもの」

こいつはまた何を言っているんだ、とばかりな表情でこちらを見てくる。
しかし、見たことがないものはないのだ。
そして、見たことがないものに興味を惹かれるのも道理だと、アリスは思う。知りたいと思うのも。

「ねえ、見たいって言ったら見せてくれる?」

自分でも思い切ったことを言った自覚はある。が、シドニーのしっぽが見たいという欲望に負けてしまったのだ。
これは、賭けだ。
シドニーに、何故君に見せないといけないのか。と拒否されるか、それとも、少しだけだからな。と許してくれるのか。
あわよくば、触りたいと頭の片隅でチラリと見え隠れするが、これは隠しておこう。
そんなことがバレれば絶対この黒ウサギはしっぽを見せてはくれないだろうから。

「…私がしっぽを見せて、何か利益でもあるとでも? 無いよね」
「あるわよ! 私がこれまで以上に仕事を頑張るわ。それのご褒美…として。ではダメかしら?」

ご褒美と言うか、何というか…。
今までも、多少無理をしてでもシドニーの仕事を手伝ってきたわけだし、少しくらい…。という望みをかけて言ってみたのだが、さて、見せてくれるのか。
少し、考える素振りをしてふっと目が合った。
そして、少し頷き、仕方が無い、と呟いて

「今まで手伝ってきてもらったからな、少しだけだから。」

ゴソゴソと後ろを向き、腰に付いていたピンクのリボンを解く。
そこには、小さな黒いしっぽが。
見られて恥ずかしいのか、シドニーはそっぽを向いているが、しっぽは小振りに震えていて、ロップイヤーの黒耳はピクピクと可愛らしく動いているのが見えた。
しっぽや耳は非常に素直だ。可愛い。

そっと近づき、文句を言われる前に震えているしっぽを指先で撫でる。

びくぅッッ!!

「なっッ…!?」

まさか、触られるとは思ってなかったのだろう。
気恥ずかしさに、アリスが背後に迫っていたことに気づいていなかったシドニーは、突然の敏感なしっぽへの刺激に動転したのか、腰が抜けたのかソファにしがみつく形で脱力している。
これは…、チャンスでは!? とアリスは有無を言わさずこの時とばかりにシドニーのしっぽを撫で尽くす。

「ッ…ぁ、…んぅ…ッア、リス! やめなさいッ」
「そんな、顔で言われても、もっと撫でて〜! って言ってるようなものよ」

語尾に音符マークかハートマークでも付きそうなくらいのテンションで、しっぽを指で挟んだり、根本をさわさわ撫でたり、はたまた、手のひら全体で撫で回したりと、やりたい放題である。

「そ、そんな顔ってどんな顔、だよッ!?」
「その、恥ずかしいけど気持よくて、でも、素直になれないっていう顔よ」
「〜〜〜〜〜〜ッ」

言い返したいけれど、そんな余裕はないとばかりに顔を背け、そして最後には顔を隠してしまった。
ちょっと、いじめすぎたかしら。
あまりに楽しくて、しっぽを弄るのに夢中になりすぎた。機嫌を損ねてしまったのだろうかと、今度はこちらがソワソワしだす。

「シドニー? 怒った?」

恐る恐る伺うように顔を覗きこもうとすると、腕を突然引かれ、気づいたらシドニーの膝の上へ向かい合うように座っていた。どんな早業だ。
顔を覗きこもうとするが、それに対抗してシドニーはアリスの胸へ顔を押し付けて、見せまいとする。
そんなに胸元でモゾモゾされるとくすぐったいのだけれど。

「…しっぽは、うさぎにとって敏感な場所なんだ。耳よりも、ね。耳も敏感な場所だけれど、それは人間だって同じだろう?」
「まあ、そうね。耳が敏感な人は多いと思うわ」

胸元に顔を押し付けているせいで、くぐもった声で聞こえてくる。
とりあえず、しっぽは敏感…ね。だからあれだけ、反応がよかったのか、と理解した。

「あっ、あんな風に弄ばられたらッ、誰だって…ッ」
「ええっと…ごめんなさい?」

チラリと見えたシドニーの顔は真っ赤である。
なんだか悪いことをしたので、謝ると、シドニーはごにょごにょ言っている。

「シドニー?」
「っ。…たまになら…」
「ん?」
「たまになら、しっぽ、触らせてやってもいい」
「え? いいの? 敏感な場所で嫌なんじゃないの?」
やっと、シドニーが顔を上げた。
相変わらず赤面しているが、少し落ち着いたようだ。
その様子だと、別にしっぽに触ることが嫌だったわけではなさそうで、安心した。

「特別に、許してやる。その代わり、仕事これまで以上に頑張ってもらうからそのつもりで」
「ふふ、わかったわ! 頑張るわね」

そりゃそうだよ、しっぽ見せるだけって言っておいたのに、触ったんだから。
ブツブツ言いながらまた、アリスの胸元に擦り寄ってきたので、そのまま頭を撫でながら、はいはい、と宥めるその姿はとても微笑ましい光景だったであろう。

それは、メイドが茶器を片付けしに来るまで続いたという。




END






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