※【道化師の願い】と同設定。 「ねぇ、サイケ?」 臨也は仕事の用の机の近くで、バランスボールに乗ってぐらりぐらりと、遊んでいるサイケに声を掛ける。今日は新羅から唐突に意味の無い電話があり、それが切れる頃に見計らったようにインターホンがなり、玄関を開けたらサイケがにこにこと立っていたのだ。 サイケは静雄が新羅と共同開発したアンドロイドだ。 まさか静雄も同じように新羅と共にアンドロイドを開発しているとは思わなかった。新羅からもそんな話はされなかったし、毎日のように池袋や新宿で顔を合わせる度に殺し合いの喧嘩をしていたのに、そんな話は一度も出なかった。 (…まぁ、普通に話なんて殆んどしてないけど) 最後にまともな会話したのいつだっけ。 思い出すように少し背もたれに寄り掛かり思い耽る。 「なぁに、いざやくん」 とことこ、という表現が合う歩き方をしてサイケがバランスボールの上から降りて、仕事机を回って、臨也の元まで来る。 「…見れば見るほど、気持ち悪い位顔の造形や体格が俺にそっくりだね、お前」 「だっていざやくんが、俺のモデル、だもん」 あたりまえだよ。 屈託なく笑う。自分はこんな笑い方は出来ない。サイケの表情を苦笑しながら眺め、自分の元に来るように手招きする。 その仕草に嬉しそうに臨也の元に寄って来るサイケを好ましく思う。 (なんか同じ顔っていうのは気持ち悪いっていうか、…戸惑う、けど) サイケに否は無い。 自分も同じように【津軽】を作ったことを思い出して小さくため息をついた。 「おまえも、シズちゃんに殴られてない?苛められてない?」 俺と同じ顔なんだから大変じゃないの。 「いざやくん、いじめられてるの」 きょとんと小首を傾げながら、椅子に座る臨也の足元に腰を下ろして見上げる。 「や、苛められてるっていうか…殺し合い?みたいな」 シズちゃん、化け物じゃん。 彼自身が暴力の権化のような存在で、池袋の喧嘩人形の通り名は伊達ではない。それを何年も身をもって体験しているのはサイケのモデルとしている臨也自身で。 「けんか、だめだよ?」 悲しげに眉根を寄せる。 その返答に臨也は身体を震わせた。 「殴られないの?」 まさか。 顔を合わせただけで眉間に皺を寄せ「ノミ蟲」と呼び、拳や標識が飛んでくるのが常なのに。 「シズちゃんはやさしいよ」 あまり触れてくれないけれど、たまにくしゃりと頭を撫でてくれる。その時のことを思い出しながら、サイケは笑って自分の髪を触る。 「……シズちゃん…ね」 俺だけが呼んでた、あだ名。 当たり前のようにサイケが呼んでるのを聞いてどこかもやもやした気持ちが生まれる。以前はそんなに気にならなかったのに。 「いざやくん?」 「前から、シズちゃんって呼んでたっけ」 「うん。目、開けてシズちゃん見たときにすぐわかったの。あぁシズちゃんだって。そうよばなきゃって」 "こころ"が叫んでた。 それは新羅がオマケで付けたという感情や記憶なのか。 (同じ顔のこいつは無縁なのか) 彼の暴力と。力と。 …ぶつけられる果てることのない感情と。 同じ顔で殴られていないサイケ。 面白くない。 (なんで俺だけ) そりゃ、数え切れないくらい彼を欺いてハメてきたけど。 取り返しのつかないことしてきた事を自覚してる分、文句は言えない。でも対峙しているとき、お互いしか見えてないのは嫌いじゃないのは確か。 それでも。 ぽろりと、片方の目から滴を落ちる。 「いざやくん?」 サイケは一瞬にして自分が泣きそうな表情をして臨也に近寄り、椅子に乗り上げ臨也の両頬に手を添えて頬を流れる涙を舌で舐める。 「なかないで」 ぺろりと嘗めてから、未だ頬に手を添えたまま自分のおでこを臨也のにくっつける。 「なかないで」 念を押すようにうわ言の様に、ささやかな願いを呟く。そして、小さなリップ音と共に臨也の唇に口付ける。それをされるがままに受け止める臨也は、状況が掴めていなかった。 自分が涙を流したことも、サイケの行動の意味も。ぼんやりしながら、サイケを眺めれば何かに反応するようにサイケがピクリと身体を揺らした。 「…サイケ?」 「シズちゃんがね、ほんとはしたい、こと、俺がやるよ」 「は?」 「やさしく、したいんだって」 やさしいよね。 「意味が分かんないんだけど」 「気にすんじゃねえ!」 大したことねえから。サイケも余計なこと言うんじゃねえ。 聞きなれた声が近くに聞こえた。 「…シズちゃんの声がする気がするんだけど」 「臨也!」 「…幻聴も程々にして欲しいなぁ…俺の家また修理フラグ?てか、なんでシズちゃん…」 そんなに会いたいって?Mなの? 「今日は壊してねぇ」 「今日は、ってなに」 おそるおそる声がする玄関を見やる。静雄が渡した覚えのない鍵を指に引っ掛けて近付いてきた。 「…ストーカー?」 「違えよ、そんなに殴られてえか。これは津軽が…俺に、て」 「…あの子何やってくれちゃってるの…いや、あのさぁ穏便にいこうよ」 肩を竦めて静雄の手の中にある鍵を取ろうと手を伸ばせば、ひらりと避けられた。 「なに」 「俺に寄越せ」 「やだ」 即答すれば傷付いたように瞳が揺れる。 「…津軽が、手前なんかを心配してやがった。怪我してるのことと俺が何か関係あるのかって、聞きに来た」 「そう、」 津軽が世話になったね。 未だ自分に乗り上げているサイケを撫でて気をまぎらわせる。サイは黙ってされるがままになりながら、静雄と臨也を交互に見る。 「…鍵、返して」 「断るって言ったら」 「……実力行使でいかせてもら…「だめっ」」 ナイフに手を掛けながら言った台詞に被さるようにサイケが制止の声をあげた。 「サイケ、止めないで」 俺たちはやり合わないと駄目なんだ。意義がなくなってしまう。 「…臨也、なんで嫌なんだ」 「鍵なんてあげたってシズちゃんは関係なく俺を殴りにくるんだから要らないじゃん。もれなく扉壊すし、壊さなかったとしたって誰が好き好んで殴られるために鍵なんか渡すって言うんだよ」 バカじゃない。 「……大体……、あげて、使ってくれない程惨めなものない」 ぽつりと本音が漏れる。静雄は少し考えるように手の中に有る鍵を見ながら言う。 「…使って良いのか」 「ここで、殴らないなら。ものを壊さないなら………普通に話してくれる、なら」 「手前次第だ」 「シズちゃん次第だよ」 「「……」」 暫く黙って思わず吹き出した。 「なんか久しぶりにちゃんと話したよね」 「手前が毎度毎度喧嘩売ってくるからだろ」 「買う方も同罪だし。シズちゃんだって売ってくるじゃん」 「…イラつくんだから仕方ねえだろ」 腕を組んで顔を背けた。 「いざやくん」 サイケがふんわり笑って首に腕を回して抱き付いた。 「わっ」 「よかったねえ」 首にすりすりと頭を猫のように擦り付ける。 「……」 サイケを撫でながら、静雄を一瞥する。 「……俺と同じ顔にこんなこといつもさせてる訳?」 大嫌いな俺の顔がこんなに笑うの見て気持ち悪くない? 「手前の色んな顔が見たかったんだ」 だからプログラムしたんだ。 道化師の休戦 (あ、れ、何か嬉しいとか思ってる…!?) (…臨也、なんで赤くなってやがんだ、怒らせたか) 誰得俺得でさりげなく続きを書いてしまいました。 シズちゃんsideとかも書きたいとか思ってます…自己満。 少しずつ歩み寄っていくのです。 <<戻 |