隠れた動揺




「やっぱり奈々…昨日何かあったんだよ…」


わたしがそう言うと、臣はわたしの髪の毛を拭いていた手を止めてスッと目を逸らした。

小さく溜息をついた臣はわたしの頬に手を添えて真っ直ぐにわたしを見下ろすと消えそうな声で言ったんだ。


「岩ちゃんにキスされた、奈々…。今朝学校で岩ちゃんが言ったよ俺達全員の前で」


やっぱり…

臣と隆二に言えないことなんてそれぐらいしか思いつかなくて。

俯くわたしに更に言葉を続ける臣。


「奈々は便所に逃げるし隆二はキレて殴ろうとするし…ここんとこ調子狂わされまくり…」


自嘲的に笑ったんだ。

でもその顔が変で。

なんでそんな辛そうな顔してんのに、一歩引いた感じで言うの?

臣だって怒ってるはずだよね?

臣を見上げたわたしの頬に添えた手でゆっくりと頬を撫でる大きな臣の手。


「ゆきみも…直人にキスされた?だから今朝、俺にキスして…そう言ったんだろ?」


有無を言わさない臣の強い瞳に頷いてしまいそうになる。

認めて臣にキスして貰えば楽になる?

そんなこと、出来るわけないのに。


「違うよ、わたしと直人くんは」

「やめろよ、そんな言い方!」


いきなり感情的に言葉を発せた臣。

キョトンとしているわたしを引き寄せて胸に抱きしめた。


「俺を第三者にするなよゆきみ…」

「…臣?」


ギュっと強く腕に力を込める臣は集中豪雨のせいで身体が冷たくなっていて。


「ゆきみ…」

「…うん」

「俺…」

「………」


カタン…って小さな音がして、わたしの部屋のドアが閉まった。


「奈々?」


臣から離れてドアを開けてもそこには誰もいなくて。


「臣、今奈々いなかった?」


そう聞いたわたしを後ろからギュっと抱きしめられた――――


「ゆきみ…」


ドクンっと心臓が脈打つ。

なに…?


「臣、どうしたの?何か変だよ…」

「変じゃねぇよ…」

「変だよ、臣…」

「ゆきみ…逃げんなよ…」


何も言えなくなった。

逃げてる訳じゃなかったけれど、この臣の行動はおかしい。

だって臣は奈々が好きなはずで…

ずっと臣を見てきたわたしには分かる。

それなのに今さら…


「離して臣…」

「やだ」

「どうするの?わたしにキスするの?」


そう言ったらスルリと臣の腕が離れていく。

振り返った臣は何ともいえない表情で。

苦しいんだって分かった。

奈々を好きなのに、わたしに気持ちがあるフリをしているんだって。

隆二の奈々への気持ちが大きすぎるから…




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