激しい音と共に部屋に何故だか転がり込んできた見知らぬ男。

「すすすすいません! 俺勢いを殺せなくて……って、だ、大丈夫ですか!?」

 睨むように重たい瞼を押し上げてみるとスーツを着た美形が慌てて近寄ってくるのが見えた。

「えっ、えっと救急車…! あれっ!? 救急車って何番だっけ。一七七!?」

 それは天気予報だ。

「あっ、一一九か! 待っててください、意識はありますか!?」
「も……ねかせて、くれ」

 ぐったりと意識を失ったタカヤに慌てた男は用件を早急に告げ、救急車を今か今かと待ったのだった。




 目を開けると薄く汚れた白い天井が目に入る。消毒薬の独特の臭いが鼻に纏わりついた。瞬時にここが病院なんだと理解する。

「栄養失調だそうです」
「……ふーん」

 興味なさげに目を瞑ったタカヤは呟く。

「また邪魔された」
「邪魔?」
「死ぬのを」
「ええっ!?」

 目を見開いて仰け反る男を一瞥もせず、空を見つめているタカヤは今にも消えそうなくらい儚い。
「あの…お名前を伺っても?」
「閂峻也」
「えっ」

 それきり黙った男を不審に思い、タカヤは横目で観察する。その顔は驚きに満ちていた。

「しゅ…峻也? 本当に峻也なのか?」
「は?」
「俺だよ俺! 高校の時一緒だった上島稔!」
「上島?」

 流石のタカヤも目を力一杯開いて上島を食い入るように見た。爽やかな面は落ち着いて、大人っぽくなったが言われてみれば確かに面影が残っている。

「峻也、お前変わったな」
「……あっそ」
「なあ、何で――」
「お前には関係ないだろ」
「そっか、」

 悲しげに笑う上島の顔が、どうしてか彼女の最期の笑顔と重なった。視界がブレて熱いものがこみ上げてくる。

 「……ええ!? ど、どうした!」頬を撫でる雫が冷え切っていた体をじんわりと温めた。上島が慌てたように訊ねてくるが、それどころではなかった。

「…何があったかは知らないけどさ、俺お前のこと…その、す、す、好き、だから…死ぬなよ」
「俺が死ぬと悲しいのか」
「そりゃ誰だって…す、好きな人が死んだら悲しいよ」

 俺はもしかしたらこの言葉を待っていたのかもしれない。あの自殺未遂も栄養失調も上島に会う前振りだったのかもしれないとタカヤは思った。誰かに必要とされること。それは間違いなくタカヤの胸に浸透していった。
 ――タカヤ。彼女が笑う。彼女も俺のことを好きだったのなら。後を追って死んでも喜ばないかもしれない。

「…ありがと」

 タカヤは拾うことが難しいくらい小さな声で呟いた。聞き逃さなかった上島は一度驚いて、笑みを浮かべたのだった。