時計の針が動く音だけが耳に入る。男は何を見ているのか、ぼおっとした顔をしている。
 流れで男をつい中へ通してしまったが、…どうしたらいいんだろう。俺は先程出てしまったことを後悔していた。しかし、追い返すわけにもいかない。俺は視線を彷徨わせて、ぎゅっと一度目を瞑って直ぐに開き、膝の上に置いた握り締めた拳を見つめる。そして恐る恐る口を開いた。

「…お前は、一体…」
「ここの住人です」
「…そ、れは、知ってる。名前…とか」
「的場圭一です」
「……まとば、けいいち…」

 聞いたことのない名前だ。これだけ整った顔なら騒がれてもおかしくはない。…それなら、こいつは本当に何者なんだ。何らかの事情があって身を隠していたとか? そうだとしても、どうして俺の部屋に…。

「お前は雨宮蓮ですよね」
「…ああ」

 頷いて、顔を上げる。ジッとこっちを見つめるその顔は、会ってから一度も微動だにしない表情のないもの。睨みつけられたり、笑われたり、蔑まれたりされるよりかは少しマシだけれど、それでも矢張り見つめられるだけで体が震えだす。

「俺が怖いですか」
「……っ!」

 びくり。肩が大きく跳ねた。

「俺はお前に危害を加えねーです。だから安心してください」

 その言葉にほっとするが、同時に心が重くなった。…俺のこと、知ってるからこその言葉だろうな…。自分が惨めで、唇を噛み締めた。

「……部屋は、どこを使えばいいですか」

 一瞬口を開いたが、結局何も言わず口を閉じた的場は立ち上がって部屋を見回した。

「あ、…えっと、左の部屋…そう、その赤いプレートの部屋」
「さんきゅーです」

 赤いプレートの部屋まで行った的場は、チラリとこっちを見てから部屋の中へと消えていった。…そういえば、あいつ、荷物を持っていなかったよな…? 部屋を見ながら首を傾げ、俺も部屋へと戻る。ぼすんとベッドに倒れこむ。
 不思議なやつだった。俺に危害を加えないって、安心しろって言ってくれた。

「……あ」

 俺はたった今、咳が止まっていることに気がついた。