部屋に嗚咽が響いている。しかも、しゃっくりだとか、咽て出る咳とか、そういったものも発せられている。――男が一人、闇の中の唯一の光の中でもそもそと動いていた。男は辛そうに喘ぎながら、涙と汗が混じった雫を乱暴に拭き取った。

「っく…ぅ、は、はは、はははは…げほっ、げほっ」

 泣きながら笑い、そして咳をするこの男は、実は通っている学園で虐められている。その学校というのは、都内とは思えない程、山奥に聳え立つ豪華な西洋風の校舎のことだ。それに見合った家柄の子息たち。上に立つ――つまりは、生徒会や風紀などの者たちは将来有望な、成績優秀、家柄、運動神経抜群、そして、揃って見目麗しい者たちなのだ。そんな完璧とも言える者たちを崇拝するのは、親衛隊……一般的に言うファンクラブの者たち。その崇拝っぷりはどこぞの危ない宗教を連想させるもので、崇拝者に危害を加えたり、規則を破って崇拝者に近づいたりした者には、容赦なく制裁を行うのだった。その制裁された者の最期は退学や自殺未遂する者までいるそうだ。
 そもそも、ここは男子校という「男」しかいない、本来暑苦しい場所だ。殆どの人はそんな場所で「恋愛」をすることはない、と否定するだろう。というかそれ以前にまず「恋愛」するという可能性ですら浮かばないだろう。いや、それは勿論一般的な考え、それも少し偏ったものだろう。世界には至る所に例外というものが存在する。同姓愛者だって、男子校の中には存在するのかもしれないのだ。
 同性愛というのは、元々昔からあるのは殆どの人が知っているだろう。小姓を男色相手にしていた武将は決して少なくない。寧ろ男色文化というものができるほど広まっていたのだ。現代でも、ある国々では結婚までできる。そして、意識的にというよりは、無意識的に同姓を好きになるらしい。更に禁じられたものというのは人を興奮だとか、興味をそそる物がある。
 同性愛がすっかり日常化してしまった学園の生徒は、制裁さえも可笑しいと感じなくなっている。感覚が麻痺しているのだ。そうして麻痺した人間から虐げられているこの男――雨宮蓮は、パソコンのディスプレイを見つめて、悔しそうに拳を握った。マスクの下の唇は、怒りに震えているかそれとも歯を食いしばっているか……。
 蓮には大事な友人が数人いた。とは言っても、会ったこともない人間だが。パソコン上で知り合ったその友人たちは、例えどんなに酷いことをされても、蓮の心の支えだった。しかし、その友人たちの正体を知ってしまった時、蓮の支えは跡形もなく崩れ去ってしまった。