「お、俺を…俺を騙してたのかよ!」

 馬鹿にされっ放しだったが、仲間として信頼してたってのに…! きっと睨みつけると、二十九号――改め勇者は一瞬傷ついたような顔をして俺を見た。え、と思った次の瞬間には元の顔に戻っていたから気のせいかもしれない。

「三十七号、こっちに来い」
「は、はい…!」

 勇者を睨みつける姿は流石魔王様、恐ろしかったが俺を見る目はどこか優しい。魔王様は俺みたいな雑魚で役たたずにも優しい。そんなところも憧れるし大好きで仕方ない。俺はこの人に一生着いていく。

「ちょっと待てよ」
「わ、っ……!?」

 喜んで魔王様に寄ろうとしたが、後ろから手を掴まれ引っ張られてしまい、できなかった。手を放されたかと思うと、今度は腰を引き寄せられる。俺の頭の中はエクスクラメーションマークとクエスチョンマークで一杯だった。

「な、何して…!」
「お前さ、俺を倒すためとか言われただろ?」
「え、あ、まあ…」
「ふーん、やっぱりね。魔王、暮らすならこいつみたいな弱い奴より強い奴にすれば? 何も弱い奴傍に置く必要なんてねえだろ」
「あぁ?」

 緊迫した空気。俺は腰に回っている勇者の腕を思わずぎゅっと掴み――って、そういや何で俺を抱きしめながら普通に会話してんだよこのクソ勇者! まず俺を放せ!
 思い出したように暴れだした俺の耳元で勇者が大人しくしてろと囁き、俺はその低音ボイスにかあっと顔を赤くする。魔王様が苛立ったように舌打ちをした。

「俺はそいつがいいんだ」
「…っま、魔王様…!」

 感動して涙がポロリと溢れる。そしてそれを何かが掬い取った。……え、掬い…? 横を見たら勇者の舌がぬめりと俺の頬を這っているではないか。俺は驚きすぎて金魚のように口をパクパクとした。

「ふっ、かわいーなお前」
「なっ、なっ、何してんだお前…!」
「何って、舐めてるだけだけど」
「舐めてるだけだけど、じゃねーよ! キモい! やめろ!」
「やだ」

 こ、こいつ…! 完全に俺で遊んでやがる!
 怒りでひくひくと顔を引き攣らせたが、次の瞬間違う意味で顔を引き攣らせることになった。魔王様の顔が凄いことになってる……! これ子供に見せたら泣き出すどころか失神するレベルだよ……!
 俺が真っ青になっている後ろで勇者がふっと笑った。