「んだよ、それ…」
「じゃ、じゃあ俺はここで…」

 これ以上ここにいたら危険だと察知した俺は引き攣った笑みを残してこの場を去ろうとした。ところが、肩を掴まれ、壁に押し付けられる。

「……っ、な」

 何すんだ、と非難しようとして黙る。蛇に睨まれた蛙、というのはこのことだろうと実感した。魔王様の威圧感も凄いけど、これには負ける。それは勿論魔王様が本気で俺を睨んでないからだが。

「くそ、もう動き出したってのかよ…!」
「は? 何言って…」

 俺は訳が分からず訊ねたが二十九号は完全に自分の世界に入っているようで、ぶつぶつと何か呟いている。

「で、どこに住むんだよ」
「いや、何でそれ教えなくちゃいけないんだ」
「俺が知りてぇから」
「お前まさか邪魔しに来る気じゃねえだろうな!」
「当たり前だ。……っと」
「ぎゃあ!?」

 二十九号の体が離れる。かと思ったら二十九号の顔があった場所に矢が刺さっていた。もうちょっとでも顔が離れるのが遅かったら顔を貫いてたぞあれ…。ぞっとして顔を青褪める。恐る恐る飛んできた方を向くと、矢を放った犯人はまさかの魔王様だった。

「危ねぇなあ…。人殺しはしねえんじゃなかったのかよ、魔王様?」
「テメェ…何してやがる」
「何って、別に何もしてねえよ」
「お、おい二十九号! お前魔王様に向かってなんて口きいて…」
「二十九号?」

 魔王様は訝しげな表情で俺を見る。え、な、なんだ…? 何か不味いことでも言ったのかと思って慌てる。魔王様は端正な顔を引き攣らせた。

「まさかとは思うがな…三十七号。お前、あの忌々しい勇者の顔を知らないのか」
「あ、はい…。俺、弱いから戦闘命令でてないので…」
「じゃあこの二十九号…。こいつ、いつからここにいる?」
「え? えっと…二年前、くらいですかね?」

 魔王様は二十九号を睨みつける。それに対して二十九号は不敵に笑っていた。え、どうしよう状況が全く分からない…。

「三十七号、まだ理解してねえみたいだから言うがな、こいつはあのクソ勇者だ」
「おい、誰がクソ勇者だよ。勇者様って呼べ」
「……は?」

 耳を疑った。え、二十九号が勇者…?

「漸く気づいて貰えたかー。ま、そういうことだ三十七号。俺は勇者」
「え、え、ええええええええ!?」

 何だそれ!? 何で勇者が敵のアジトに住み込んでんだよ! 二年間も!