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 俺はと言うと、少し気まずくなってセツから視線を外し、空を見上げる。出来るだけ明るい声を出して立ち上がると、ふうと息を吐いた。白い気体が一瞬広がって消える。

「じゃあ俺そろそろ帰るわ」
「……そっか」

 残念というより名残惜しげに見つめられ、俺はドキリとした。真っ黒な黒い瞳に酔いそうになり、慌てて笑みを浮かべた。

「そんな顔すんなって。また明日来るからさ」
「うん…ねぇ、ハルト」
「ん?」

 柔らかく笑んでやると、セツは満面の笑みを浮かべた。久しぶりの笑みに目を丸くする。何を言うのかとドキドキしながら待っていると、セツはじっと俺を見る。

「有り難う、楽しかったよ」
「えっ、何言ってんだよ今更。俺こそいつもサンキュ」
「えへへ…」

 胸にぽかぽかとした気持ちが俺の心を占める。照れたように笑うセツを無性に抱き締めたい衝動になった。しかし、先程のこともあって、俺はぐっと我慢する。

「じゃあな、また明日」
「うん、じゃあね」

 俺は手を振り、セツの傍から離れる。
 これがセツを見た最後の日だった。










 セツに会いに行くため、公園へと足を向ける。昨日までは寒かったのに、今日は気温が急上昇して暖かくなった。これでセツも風邪引かないで済むなと俺は笑みを浮かべた。雪は今日は降っていない。セツに会う時はいつも雪だったから、なんだか新鮮というか――まあ、少し物足りなさはある。

「あれ…今日はいないのか?」

 驚いたことに、今日はセツはいなかった。いや、そりゃあセツだっていつもいるわけじゃないだろう。だが、俺が行く日は必ずいたもんだから、どうかしたのかと心配になる。
 良く考えたら俺…セツのこと全然知らないもんな。…よし、今日来たら住所とか聞くか。そんで、次は昼に待ち合わせをしてデートとか……行けっといいなぁ。
 もしかしたら遅れているだけで、もう直ぐ来るかもしれないとブランコへ歩みを進める。

「ん……?」

 セツのブランコの上には、何故か山盛りになった雪があった。この気温で、溶けていないなんて。目を見開いてそれを凝視する。そろそろと手を伸ばして触れてみると、形を保っていた雪が急に溶け始めた。驚いて直ぐに手を引っ込める。

「な、なんだよ、これ」

 じっと見つめていると、雪は完全に水と化してしまった。しかし、その水は一部だけを避けてブランコから滴り落ちる。俺はそれを見て、心臓が締め付けられた。

『好きでした』

 気のせいではない。明らかにこう書かれていた。そしてその横にはセツがいつも身に付けていた十字架のペンダント。俺は苦しくなって、唇を噛み締めた。抑えの聞かない透明の液体がぼろぼろと俺の頬を伝う。
 ――セツ。お前なのか。
 その文字をなぞると、セツの顔が浮かんだ。セツの気持ちが伝わった。ひんやりと冷たいのに、心が暖かくなる。余計に胸を締め付けられて、顔をブランコに押し付けた。
 思えば、おかしいことは山ほどあったんだ。セツと一緒にいる時に誰にも会わなかったとか、絶対に雪が降っていたとか、触られることを嫌がっていたとか――。
 セツが結局何者だったのか、それは分からないが、それでも一つだけは分かった。もう、セツに会うことは一生ないのだということだ。

「俺も、……セツ、俺も」

 お前が好きだよ。大好きだ。
 俺はペンダントにそっと口付けをし、二度と会えない相手を想って目を瞑った。


(何年経っても、キミと過ごしたこの季節を忘れない)

fin.


ハルト(春斗)

見た目は不良っぽいが中身は優しい。
セツに一目惚れした。


これにて完結です!
な、なんだか中途半端…。もうちょっとセツがいなくなった後を細かく描写したかったのですが、薬袋にそんな技術があるはずもなく。
結局は二人とも結ばれませんが、ハルトはペンダントを大事にしてこれから生きていきます。それをセツが天から見守っている形で。

もしかしたら。もしかしたらですが、続編があるかも。勿論結ばれはしませんが。

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