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彼と話してから一ヶ月ほど経った。今日こそは、と心に決めたことがある。名前だ。名前を訊くんだ。良く考えてみたら、名前を訊いていなかったと思ったのは情けないことについ先日。いやほら、訊くタイミングがなかったというか…。
最早定位置と化した彼の横のブランコに腰を掛け、然も今思いつきましたと言わんばかりに表情で訊ねてみた。
「そういや、お前名前は?」
ヤベェ、声が上擦った。
「え?」
「いや、訊いてなかったなって思って」
呆然としたように俺を見る彼に慌ててそう付け加える。すると、余程吃驚したようで何度もえ、え、と言っている。俺はそれが可愛くて噴き出した。
「僕はセツ」
セツ……。セツか。
心の中で数回唱え、その名を刻んだ。
「セツか。俺はハルトっていうんだ」
「ハルト、いい名前だね」
お前も、と言うとセツは嬉しそうに笑った。俺もそれが嬉しくて、嬉しすぎて――ずっと、こんな日常が続くと思っていた。
名前を教えてもらったあの日からセツは笑わなくなった。俺に何か理由があるのかないのか、それは分からないが、セツは明らかに何かを隠している。無理して笑っているのを見るのは辛かった。何で、何で言ってくれないんだ。
「最近、好きな人の話をしないね」
どうしたの、と問われても答えることなどできない。その好きな人が無理して笑っている前でそういう話をするなんて虚しすぎる。俺は曖昧に笑った。その顔がどう映ったのか、更にセツの顔が曇る。何で、そんな顔なんてさせたくないのに。やっぱり――俺が、いけないのか?
何か話を変えようと思い、空を見上げる。ひんやりと冷たい雪が額に乗った。
「セツと会うときはいつも雪が降ってるな」
「そうだね。雪は嫌い?」
「いいや。寧ろ好きだよ。――でも、もうそろそろ春だな」
そう言うとセツからは何も返ってこなかった。俺はドキドキと逸る心臓を抑えながら手を横にそろそろと伸ばした。触れそうになる直前で、バッと勢い良く手が移動した。
「嫌だったか?」
思わず顔を顰めてしまい、セツはびくりと震えた。苛々とする。舌打ちが出そうになって手をぐっと握った。
「ご、…ごめん…。僕、人に触られるの苦手で…っ」
小さな声にハッとしてセツを見た。本当に顔色が悪い。俺は、今なんてことを――。
「そっか、俺こそごめん」
安心させるように笑みを浮かべると、セツはほっとしたようだった。
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