冷たい手

(彼女持ち親友←爽やか男子)













 昼下がり。俺が作った弁当をつついていたそいつは、思わず感嘆の声を上げたくなるような皺を眉間に刻み、俺を恐ろしい顔で睨みつけた。

「何だよこれ。すっげぇ不味い」

 そう言われて、俺も自分の弁当を一口食べる。途端に気持ち悪いほどの甘味が俺の口内を襲った。

「あー、ごめん。砂糖と塩を間違えたわ」
「……またかよ。ある意味天才だわお前」
「有り難うございます」
「褒めてねぇ」
「でも見た目は綺麗だろ? 最高傑作だ」
「まあ…見た目は、普通だけど」

 苦い顔で再び一口箸を進めるそいつに、俺は笑みを受かべる。どんなに文句を言ってもちゃんと食べてくれて嬉しい。いや、申し訳ないとは思っているんだ。でも意図してこうしたわけじゃないんだよ。だからこいつも食べてくれるんだろうけど。
 ところでどうして目の前の美丈夫――尚志が俺の糞不味いと不評な弁当を食べているのかと言うと、料理の上達を逐一報告して貰う為……というのは建前で、本音はただ純粋に俺の物を食べて欲しいという我侭な理由だ。勿論それは尚志には言っていない。言ったら絶対に引くから。俺が尚志を好き、ということも。
 俺と尚志は王道な幼馴染という関係で、窓を開ければ直ぐ近くに同じような窓があって、簡単に行き来出来るほどの距離だ。親同士も仲がいい。週に一度はどちらかの家でパーティを開く。尚志と一番仲がいいのは俺だと自負している。別に俺は今のままの関係でいれさえすればいい。しかし、昼飯だけでも尚志を独占したいという醜い気持ちが溢れ出る。
 尚志は成績も上から数えた方が早いくらい頭が良くて、口は悪くても性格は良くて、背も高くて運動神経も良くて、といい部分が多い。顔までいいときたら、モテないわけがないだろう。
 顔を顰めたまま黙々と咀嚼していた尚志が、思い出したように眉を下げる。その表情のまま先程までの意志の強い瞳はどこへやったのか、意気消沈してぼそぼそと呟く。

「そういえば、奈美がこの前な…」
「何だ、また彼女さんと喧嘩したのか?」

 モテないわけがない尚志には、当然彼女がいないわけがない。しかもラブラブ美男美女カップルとはまさにこの二人のことで、勿論そこに俺が入る隙間は無い。俺も女の子に生まれたかったと自分の出生を恨む。そして自分の外見も。女みたいに可愛い容姿だったらまだいいんだ。だけど俺は尚志と同じくらいの背にスポーツやってそうな短髪爽やか男子って言われている。第一印象はバスケやってそうだとかスポーツ飲料水のCMに出てそうだとかだ。つまり俺に可愛さの欠片は全く以ってないので、その時点で俺に勝算はない。
 というか、そもそも俺は勝負なんてしない。意気地なしだと罵られてもいい。俺はこの関係を壊したくない。それに尚志には幸せになって欲しいんだ。普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に老後を楽しんで。そうすれば俺も尚志を諦めて新たな道に進むことが出来る。

「それが、何か急に怒り出してよぉ…」
「知らない内に傷つけたんじゃないのか?」

 俺の気持ちに気付かない尚志は、彼女さんと何かあったときに相談してくる。それは信頼されているという印だから嬉しいんだけど、複雑だ。
 それにしても、おっとりとしている彼女さんが急に怒るなんて珍しい。俺が苦笑しながらそういうと、苦虫を潰したような顔をした。

「……かもしんねぇな」
「え、何か心当たりでもあるわけ? 早く謝った方がいいぞ」
「…おぅ」

 いつまでも浮かない表情をする尚志を横目で気にしながら、俺は弁当を掻き込んだ。

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