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 すぐに戻ってくると思われた内山は、しかし予想に反して数分経ってもここへやって来なかった。同級生に捕まっているのかもしれない。
 俺は立ち上がって、ガンガン響く頭を押さえた。こんなにまでなったのは、いつぶりだろう。確か――と記憶を思い起こそうとしたが、頭痛がそれを妨げた。
 ふと窓の外を見ると、雪が降っていた。誘われるように窓まで足を運び、外を眺める。寒そうだ。ふう、と息を吐けば、この暖かい室内でも白い息が出そうに思えてくる。

「――え?」

 ぼんやりと闇の中に浮かび上がるものがいた。俺は目を細めてそれを捉えようとする。しかし、それはぼぉっと薄くなって、消えた。背筋が冷える。今のは、いったい何だ。

「幽霊、とか」

 まさかなと笑う。その時だった。「遠野くん?」びくりと体が魚のように跳ねる。勢いよく振り向くと、彼女もたいそう驚いているようだった。大きな目を真ん丸にして、手は俺の方に少し向けられている。肩でも叩こうとしたのかもしれない。

「あ、ご、ごめん」
「う、ううん。こっちこそびっくりさせちゃってごめんね」

 羞恥で、今、俺の顔は赤いことだろう。顔が熱い。内山は俺の隣に来て、窓の外を覗いた。そして感嘆の声を上げる。

「わあ、雪だ。何年ぶりだろう」

 そう言えばここ数年、雪はまったく降っていない。俺はもう一度外を見る。つい先程の場所に視線を遣ってしまう。そこには闇があるたけだ。先程のあれは、幻覚? 疲れているのだろうか、それとも、酔いが醒めていなかっただけ?

「あ。遠野くん、はい、これ」

 すっと差し出されたコップ。透明のもの、即ち水が入っていた。「ありがとう」礼を言って、コップを受けとる。

「もう大丈夫だから、あっち戻るよ」

 内山は、俺を探るように見た。そして、安心したように笑う。じゃあ戻ろうかと襖に足を向ける内山。俺はそれに続こうとしたが、最後に窓の外に目を向けた。白い雪の中に闇があるだけだった。



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