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 それは、昼休みのことである。

「うわ」

 クラスメイトが、嫌そうな声を出した。僕は本から顔を上げて、ちらりと彼の顔を見る。そして視線を辿った。一人の男がいた。イケメンでチャラチャラしていて、へらへらとした笑顔を良く浮かべている男だ。制服は原型が申し訳程度に残っているだけで、もうほぼ私服だ。彼のことは、噂に疎い僕でも知っている。とは言え、笑顔を浮かべているけれど、少しでも気にくわないことがあると直ぐにキレる、ということだけだけれど。名前は確か、佐藤だったはずだ。

「佐藤がどうかしたの?」

 僕はそばかすだらけの顔に向けて、疑問を投げ掛けた。クラスメイトは僕を見る。「佐藤? ああ、伊藤のこと?」
 名前が微妙に違っていたらしい。僕はうんと一度頷く。クラスメイトは廊下の方を一瞥して、気まずそうに言う。

「ほら、あいつまた停学になってたじゃん?」
「え? あ、うん」

 また停学になっていたという事実は今初めて知ったが、何をして停学になったかという話から始まると面倒なので、僕は適当に頷いた。

「なんか知らねえけど、解けてから毎日学校来てんだよ」

 それは普通のことではないのかと僕は思ったけど、口には出さなかった。

「伊藤くんが嫌いなの?」

 クラスメイトが眉を顰める。「嫌いか、だって?」そう言うその顔に、ありありと嫌悪感が見えた。

「そりゃ嫌いだ。あんなやつ」
「何をされたの?」
「えっ…」

 クラスメイトの瞳が揺れる。見るからに動揺していた。だから僕はよっぽどのことをされたのだと思ったけど、どうやら違ったようだ。クラスメイトは、特に何をされたと言うわけではないと述べた。僕はじっとクラスメイトを見る。咎められているような気になったのか、クラスメイトは慌てて言った。

「俺は何もされてないんだけどさ。友達が、――そう、友達がキレたあいつにぼこぼこにされて」
「その友達は何をしたの?」
「え、あ、それは良く知らねえんだけど」
「ふうん…」

 クラスメイトの友達は、そこまでキレさせることをしたんじゃないのだろうか。幾らキレやすいと言っても、普通はそこまでしない。

「些細なことでキレるしさ、あんまり関わりたくねーよ」

 クラスメイトは溜息を吐いて、呟いた。僕は本に視線を戻して、そうだねと返した。

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