キレやすい若者と僕

キレチャラ男×平凡/文通





 小学生の頃。教室で飼っていた金魚が、死んでいた。誰がやったのかと話し合いが行われたが、誰も名乗り出なかった。しかし、誰々くんが金魚に何かをしているのを見ました、と発言する奴がいた。名前の挙がった少年は青ざめる。僕じゃないと震える声で言った。嘘を吐くなとクラスメイトが騒ぎ出す。すると、一人の少年がすっと手を挙げた。

「僕です。僕が、殺しました」

 淡々とした声だった。しかし犯人は、先程名の挙がった人物だった。















「あ」

 僕は、音楽室の机に描かれた絵を見て目を瞬かせる。僕の声は誰に届くことなく消えていった。机に落書きがあることに興味が湧いたわけではない。その落書きが可愛らしい兎の絵だったから、目を引いたのだ。ここが共学であれば、女の子が描いたんだな、とか、どんな子なんだろうというように妄想に繋がるだろうが、ここはむさ苦しい男子校である。つまり、この女の子が描くようなポップな絵は、男が描いたものなのだ。
 僕は指でつい、と兎をなぞる。つぶらな瞳が、僕を見つめた。僕はシャーペンを手に取って、その下に字を書いた。

『ウサギ、好きなんですか』

 そして、僕もその横に兎を描く。誰かが描いた兎よりも不細工で、些か不気味な顔つきになった。全く絵心がない僕が描いたにしては、上手い方だと思う。僕は、ふ、と笑みを浮かべて、頬杖を付いた。











 次に音楽室を訪れた時、僕は兎のことをすっかり忘れていた。席に付いて、あっと声を出す。可愛らしい兎は消えていて、僕の歪な兎だけが残っていた。僕の質問が描かれていた場所に、力強い角ばった文字が書かれていた。

『好きです』

 これだけ見たら、まるで告白されたみたいだ。僕の他に座った人は、どう思っただろう。苦笑して、僕は文字をなぞった。絵は繊細な感じがしたが、文字は力強い。どんな人が書いたんだろうと思いながら、シャーペンを握る。何を書こう。

『僕も好きです』

 何も知らない人が見たら、本当に誤解しそうだ。それを想像して、僕はくすくすと笑う。どんな返事が返ってくるだろう。一週間後が楽しみだった。


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