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 用意を済ませてもまだ元希が来ないので不審に思って外に出てみると、塀に背を預けてスマホを弄っている優男風の男がいた。そいつに近づくと、気配を感じたのか顔を上げる。そして爽やかに笑うと俺をぎゅっと抱きしめた。こんな人目のつくところでと一瞬思ったが、じわじわと満たされる心に、自然と体の力が抜けていく。

「…久しぶり」
「ああ。って、お前は良く会ってただろ」
「それはりゅーたろじゃなくて咲ちゃんだもん」

 む、と少し不満げにこっちを見上げてくる元希に笑みが零れた。寂しかったという気持ちが伝わってくる。何事にも適当なこの男からそう思われて嬉しくないわけがない。
 …ところで。体をべりっと剥がし、元希を上から下までじろりと見る。

「お前いつから待ってたんだ? 暑かっただろ」

 汗は掻いてないようだが、体が熱い。熱中症にでもなったらどうするんだと睨めば、肩を竦められた。そして悪戯っ子のようにぺろっと舌を出した。

「電話貰ってすぐ来たけどさ、久しぶりの家族団欒を邪魔したくなくてね」

 だからって、外で待たなくてもいいのに。

「……ありがとな」
「どうしたしまして! 俺さぁ、りゅーたろ学校行くだろうなと思って準備してきたんだ。行こ」

 ああと頷き、歩き出す。隣に元希。見慣れた通学路。周りからの畏怖の視線。いつも通りすぎて、あの非現実なことが、本当は夢だったんじゃないかと思えてくる。でも、スマホに残っていた通話記録。あれだけが、現実だという紛れもない証拠。咲の方の記録は俺が消したから、俺が通話記録を消しさえすれば、俺は咲とも、――原西とも全く関係ない奴になる。同じ学校に通う生徒という共通点しか残らない。別にそれでいいじゃないかと思う。でも、何故かモヤモヤとした気持ちになる。だから消せないのだ。

「そういえばね、りゅーたろの部屋と顔見て咲ちゃんずっごい驚いてたよ」
「……ま、そうだろうな」

 想像して苦笑する。俺が咲の立場だったらそうなるしな。原西は俺を見たらどうだろう。咲の姿なら大丈夫、むしろ好都合だと甘味を食べまくったり可愛い物を見に行ったりしたが、この姿だったらドン引きだろうな。自覚しているが少し悲しい。

「最初は面白がってたんだけどなぁ…やっぱりりゅーたろはりゅーたろがいいな」
「…ふーん」
「あっ、照れてる」
「うるせえ。照れてない」

 ええ〜? とニヤニヤしながら顔を覗き込んで来る馬鹿の顔を叩くと、痛がる声が飛んでくる。ふんとそっぽを向いた。

「もー、りゅーたろってば。……あ、そうだ、入れ替わってた時のこと、教えてよ」

 ころころと表情が変わる奴だな…と思いながら、俺は学校に着くまで咲の姿で過ごした日々のことを元希に話した。

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